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カノン伝記  作者: 真喜兎
第五章 星降る夜の神
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41-2.竜人達の敵意

 牢に戻ったカノンは、鷹常の顔を見た瞬間に目から涙を零れさせた。表情は比較的冷静なのだが、それでも静かに「怖かったよ」と呟く。


 鷹常はカノンからあまり話も聞いてもらえなかった事や、鱗を持っているところを公衆の面前で晒されて、竜人達の怒りをなお掻き立てさせられた事を聞く。


「ダーダン、あの人、まさかそのためにカノンに鱗を持たせたままに?」

「そうは思いたくないけど」


 カノンは目から流れ続けている涙をあまり拭かずに答える。そしてから言った。


「わたしはあんなところに鷹常を連れていきたくないよ。すごく怖いんだ。わたしは泣かずにいるのが精いっぱいだった」

「……泣かなかったのですね?」


 カノンが「うん」と答えると、鷹常はそっとカノンの頭を抱きしめた。


「あなたはよくやりました。泣かずにいられたのなら、今日はわたくし達の勝ちです。本当によく耐えましたね」


 カノンは鷹常の腰に手を回して抱きしめ返した。カノンの震えが伝わってきて、鷹常はますますぎゅっと胸にカノンの頭を押しつける。


「……あなたは何かよい匂いがする気がしますね」

「それ、今わたしが言おうと思っていたところだ」


 鷹常の体臭を嗅いで、気を落ち着けていたカノンもそう答えるが、鷹常はそのまま首を傾げる。


「汗臭いのは確かなんですが、何か甘酸っぱい気持ちになると言うか、高揚感を覚えると言うか」

「そう冷静に分析されてもな」


 カノンはもう一度大きく息を吸う。そして鷹常から離れてから少し笑った。


「少し落ち着いたよ。ありがとう」


 カノンの言葉を聞くと、鷹常も優しい顔でにこっと笑った。






 アネネの後をつけたイースターは、竜人の村を見つけていた。ただイースターは鱗目的でここに来たわけではない。


 少し前までは青空を映す神が感じた新天の神の気配を探して、新天地方をうろついていた。イースターは確かに新天の神の気配が強まっていると感じたのだが、その姿を探し出す事まではできなかった。それで以前、朝焼けの神に示された通り、他の八大神の姿を探す事にした。


 それでまずは大陸南の日輪地方に向かい、日輪の神を見つけ出した。日輪の神を見つけ出すのは簡単だった。翼人を何人か適当に殺しているとすぐに出てきた。


――わたしの同胞(はらから)を惨殺するのはやめろ――


 日輪の神は涙を流していた。イースターはつまらなさそうにフンと鼻を鳴らす。


「ならば手っ取り早く教えろ。神殺しを行う方法を」


――もう何度も言っている。そんなものを知っているのなら、わたしは喜んで教えるだろう。我が呪いにより、衰退していく我が一族。人としての知恵を手放す事でしか、呪いの進行を抑えられなかった。一族が我が呪いから解放されるために必要であるのなら、わたしはわたしの死を強く望むだろう――


 イースターは「イラつくぜ」と言いながら、頭をガシガシと掻いた。


「不死を望んだのは貴様自身。その代償が一族の滅びというくらいで、今度は死にたいと言う。信念もくそもねえ、手前勝手な望みを御大層に語るんじゃねえぜ」


――神殺しを行う男よ。一族の滅びを『くらい』などと言えてしまうおまえにはわからないのだろう――


 日輪の神はそう言ってから、空を見上げた。太陽の光は空を覆いつくすほど枝を広げた大樹の葉の隙間からしか見えない。


――なぜ、わからないのだろうなあ、イースター。天の光を望んだ我々が、日輪の光から最も遠い存在となってしまった。その虚しさがわからないのか、イースター――


 日輪の神は繰り返しイースターの名を呼び、語りかける。しかしイースターはうんざりしたようにため息をつく。


「くだらねえ御託はいいぜ。質問を変える。ここ数年の間に何か変わった事は起きなかったか?」


 日輪の神の周りでは、翼人達がイースターを睨みながら歯を見せて威嚇している。しかし翼人達は日輪の神の姿が見えているのか、攻撃するなという合図に従っている。日輪の神は少し考えていた。そしてからぼそっと呟く。


――香り――


「何?」


――最近、不思議な香りを嗅いだと我が同胞が言っていた。気持ちが昂るような香りだったと――


 イースターは少し変な顔をする。


「……それは神殺しを行う方法へのヒントか?」


――さあな。変わった事がないかと問われたから、思いついたものを語っただけだ――






 イースターはその日輪の神との会話を思い出していた。はっきり言って何も収穫がなかったのと同然だ。だから今度は星降る夜の神を探しに来た。


 大陸中の竜人達が竜人の里へ消えてしまうまでは、星降る夜の神を、その祀られている神社などで見かける事はあった。ただ星降る夜の神はイースターにとって鼻持ちならない男だった。信念が強いのは新天の神に通じるところがあるのだが、とにかく話が通じない。


――()に呪いなど通じぬ。余は天の神として、星の子らの誇りと魂を守護する者なり――


 自分を善と信じてやまないところは、すぐにでもぶっ殺してやりたくなるのだが、何しろ刃も届かない。竜人達が竜人狩りと戦う道よりも、竜人の里に逃げる道を選んだ時は、眉間にしわを寄せて憤怒していた。それをざまあないと思って見送ったのが二十年前だ。


 イースターは竜人の村の家から失敬してきた朝食を頬張りながら、村はずれの道で腰を下ろしていた。


 しばらくすると村の方から竜人が二人と、先日誘って振られた西エルフの女の子が歩いてきた。後で自己紹介しあうその三人は、バートルとチョーワ、アネネだ。イースターはその三人が竜人の城まで行くという話を盗み聞いたので、それに同行しようと待ち受けていたのだ。


 にこにこしながら手を振ると、アネネは驚いたような顔をした。それからバートルとチョーワにもにこにこしながら握手すると、アネネはイースターがいい人だとすっかり信じたようだ。


 チョーワは少し警戒するように「ウウウー」と唸っていたが、バートルもイースターの親しげな雰囲気に気を許して、イースターが一緒についてくる事を了承した。


(竜人もずいぶん意気地がなくなったものだな)


 イースターは村を通るたびにそう思ってイラつきながらも、騒ぎは起こさずずっとにこにこしていた。


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