41-1.竜人達の敵意
翌日、朝にグラーンが来た。グラーンは牢の中に入れられている鷹常達を見ながら、「こんなところに入れて、ごめんなあ」と声をかける。
「今から集会があるんだ。そこでおれがばっちり言ってやるからさ。君達に危険はないって」
「どうしてあなたにそれが言えます?」
鷹常はグラーンを見据えて、低い冷静な声で話す。
「あなたは昨日わたくし達と争った。そんなあなたがわたくし達に危険はないと言っても説得力はない。わたくし達はわたくし達自身でここに来た目的を話し、敵意はないと示さなければならない」
グラーンは腕を組んで廊下の壁にもたれる。
「ま、それは言えてるかな」
グラーンは思ったより冷静だった。グラーンはじっと鷹常を見つめ返す。
「でもね、あんた達の目的が何であれ、おれはおれ達竜人族は前に進んでいかなきゃならないと思ってる。つまりはね……人を受け入れていかなきゃいけないって事さ」
最後の台詞のところで、グラーンは少しだけ歯を食いしばる。横で聞いていたカノンは、なぜかまだ持たされたままの赤い鱗の入った袋をそっと握りしめた。
「悔しいな」
敵を受け入れなければならない。その竜人達の気持ちを思ってカノンが呟くと、グラーンは「それはおれ達の台詞」と顔をしかめる。カノンは視線を伏せたまま「うん」と頷く。
「とにかくおれはあんた達を客人として迎え入れたいと思ってる。そうしなきゃ始まらないんだ」
グラーンは軽く手を振って去っていった。カノン達のいる牢からは見えないが、ニルマの声が聞こえる。
「とりあえずはあいつがうまくやってくれる事を祈るしかないな」
カノンはとりあえず「そうだな」と答えておいた。
そしてまた昼にグラーンが来た。しかし今度は最初から憤慨していた。
「あのわからず屋のクソじじい共! 処刑だ、報復だってそれしか頭にないのかよ!」
どうやらグラーンの意見は通っていないらしい。鷹常は牢番にも何回かしていた質問をする。
「トーラン王はどうしてわたくし達に会わないのです」
「えー? 朝には来てたみたいだよ? まだ君達寝てたみたいだけど」
また君達という言い方に戻ったグラーンは、牢に顔を近づけて鷹常の顔を見つめる。
「来たのが君達でよかったよ。この顔見ないと心折れそう」
グラーンはようやく気持ちが癒されると、ニルマ達がいると思われる牢とカノンにも顔を向けた。
「それにしても君達、全然媚びないよね。もっとおれになんとかしてくれ~って泣きついてもいいのにさ。あ、もしかしておれみたいなガキに言っても無駄だって思ってる?」
鷹常は、はあっとため息をつく。それが聞こえる距離ではないが、獅子が喋りだす。
「媚びる事は悪意があったと言っているのと同義だ。おれ達が望んでいるのは対等な対話だ」
「へえ、なるほどね」
カノンは鱗の入った袋を少しいじりながら話す。
「わたしはあまり難しい事は考えていないよ。ただこの鱗をちゃんと返せたら、後は追い出されたっていいんだ」
グラーンは「鱗、そんなとこに持ってたの」と言ってから、じとっとカノンを見つめる。
「あんた……タメっぽいから言わせてもらうけど、バカでしょ?」
カノンは複雑そうに困り顔をする。
「そう面と向かって言われると……」
「あんたもかわいいよ。かわいいけどバカ。その鱗を持ってきちゃってる事がまず大問題なんだよ! それに追い出されたっていいって、追い出されてこの山の中、どうやってあんた達だけで帰る気なわけ!? あんた達はもうね、おれ達の信用を得なきゃ、生きる事も帰る事もできないっていう瀬戸際にいるんだよ!」
「そ、そうなのか?」
カノンが鷹常に振り向くと、鷹常は「ええ」と返事する。
「でもそれは覚悟の上。わたくしは竜人の方々と友好的な関係を築いておきたい」
「それは何のため? なんでおれ達にこだわるわけ?」
鷹常はにやりと笑った。「それはわたくしが国で力を取り戻すため」と小さく言ったのがカノンには聞こえたが、グラーンには聞こえていない。グラーンには「わたくしの父は外交官で、竜人との国交を望んでいる」とかなんとか説明している。
「ふーん、でもやっぱりいいなあ。ちょっとにやっとした顔もいい。やっぱりおれ君の事が好き」
グラーンは聞いていたのかいなかったのかよくわからない返事をする。
「とりあえず、何時になるかわからないけど、その内呼び出されて尋問されると思う。だから気を抜かないでね」
グラーンの言う通り、ほどなくしてカノンが呼び出された。鷹常も行かせてくださいと頼んだのだが、とにかく竜人達は鱗を持っていたカノンに話を聞きたいようだった。
そこでカノンは思った以上の敵意に晒された。竜人達は城の中庭に収まりきらないほど集まっていた。それらが口々に「処刑だ!」「報復だ!」と叫び続けている。いくらそれほど臆病でないカノンだって、その絶え間ない怒声の嵐には足が震えた。
「わたしは……」
勇気を振り絞ってごにょごにょ喋りだすと、容赦なく「聞こえねえ!」とヤジが飛ぶ。カノンは精一杯の大声で鱗を持ってきた訳を話したが、ざわつく広場の中ではほとんど伝わらない。代わりに隣に立っていたメガホンを持った男が、カノンの言葉を伝える。
「この者は我が同胞を見殺しにし、剥げ落ちた鱗を興味本位で拾った。そして鱗の輝きに魅了されてこの国に入り込んだ」
あまりに曲解された言葉にカノンは驚き、そして過剰に反応する竜人達の気迫に押され、心底震えて涙が出そうになる。
「ちょっと、ちょっと! その子そんな事言ってないでしょ!」
グラーンの声のおかげでなんとか立っていられる。メヤーマの顔も見えた。メガホンを持った男にはディーバンも抗議する。
「真偽はどうであれ、今はその娘の言葉を正確に伝えるべきだ」
メガホンを持った男は渋々といった様子で、カノンの言う通りに言葉を伝え直す。そうすると竜人達は少し動揺したようにひそひそと話し合うが、それでもやはり敵意を含んだ声は止まない。
「信用なるものか! 命乞いしたいがための虚言に決まっている!」
誰かがそう叫ぶと、他の者が「そうだ、そうだ!」と答える。カノンは自分がどれだけ見通しが甘かったのかと、心を打ちのめされて退場した。




