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カノン伝記  作者: 真喜兎
第一章 月夜の神
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4.カノン・リタリア

 一角獣から逃げたカノン達は山の奥地に入ってしまっていた。辺りにそびえ立つ木々のせいで、今どこにいるのかわからない。


「とりあえず下っていけば、街に出るとは思うんですけど……」


 カノンとレイアは小休憩し、水筒の水を飲みながら話した。高い岩の上に上り、山を抜ける手掛かりを探していたラオが声を上げた。


「あ、向こうに弓張ゆみはり城の天守が見えます。この方向に歩いていきましょう!」


 弓張城とはカノン達が向かっている(げん)の国の城の名だ。天守の屋根にはしゃちほこが見える。カノン達は城の見えた方向へ進んだ。






 城が見える山の中腹に、湧き水の湧く池があった。池には水草が浮かび、それを眺めている一人の少女がいる。年齢は十七くらいだろうか。少女の長い髪は艶のある濃い紫色で、袴を着て刀を持っている。整った顔と長いまつ毛が色気を感じさせる程、美しい娘だ。


 少女はふと顔を上げる。


「誰か来る」


 少女は池の周り広範囲にわたって、糸の結界を張っていた。その糸に誰かが触れると、少女にはすぐ分かる。


「三人。何者……」


 少女は木の陰に姿を隠して、糸が反応した方向を睨んだ。


 しばらくするとカノン、ラオ、レイアの三人が池の向こう側に現れた。雨に降られたあげく、道なき道を進んできたため、ぼろぼろになり、疲れている。池の水で喉を潤し、岩場に腰かけて休んだ。


 少女は刀を握り、その現れた三人を追いやるべきか悩んだ。しかしその前に再び糸に別の気配を感じた。少女は新たに近づいてくるその気配が、その三人の前に現れない事を祈ったが、その気配の主は木の陰から姿を現してしまった。


「誰だ、おまえ達は」


 現れたのは黒髪の長髪で、目の周りに墨をいれている青年だった。


「あなたこそ、何者ですか」


 ラオ達は恐らく魔人と思えるその青年に警戒しながら聞いた。


「名乗る義理はない。それよりもお前達、ここが神聖な場所だと知ってここにいるのか」

「いえ、ぼく達はここに迷い込んだだけです」

「ならばさっさと去れ。見つかれば無事では済まないぞ」


 青年とラオがやり取りしている間に、カノンはふと気づいた。


「なあ、あそこにもう一人いないか?」


 カノンは少女のいる場所を指差す。


「えっ?」


 ラオとレイアは驚いて、カノンの指の方向を見る。すると長髪の青年が慌てて叫んだ。


「バカ者! 気づかぬふりをしろ! 去れ!」

「……もう遅い」


 そう言って少女は姿を現した。


「よくもわたくしの庭に侵入したな。手討ちにしてくれる」


 少女はそう言うと、岩場を飛ぶようにしてカノン達との距離を詰めてきた。そして問答無用で刀を振り下ろしてくる。カノンはとっさに剣を抜き、その刀を受ける。


「あ、あなたはもしや、鷹常(たかつね)様!?」


 少女が鍔迫り合いを嫌い、後方へ飛んだところでラオが驚いて声を上げる。


「誰だ?」


 カノンはラオとレイアを背中にしながら聞く。


「この弦の国の姫様です。まさかこのような場所に姫様がいらっしゃるとは」

「なぜ姫様が供の者もつけずにこんな場所へ」


 鷹常とは男のような名だが、れっきとした姫だ。ラオとレイアは慌ててカノンに剣を引くように言う。鷹常は低い声で答える。


「供の者ならここから離れた場所で待機しています。ここはわたくし専用の場所。だからここに無断で立ち入る者は排除する」


 ラオとレイアは事態を察して膝をつく。


「無断で入り込んだ非礼、お詫びいたします! ですがわたし達はここに迷い込んでしまっただけで、鷹常様のお庭を汚すつもりはまったく……」

「鷹常姫、おれからもお願いです。ここを血で汚さないでください」


 魔人の青年も必死で訴える。


「あの魔人は魔帝とは関係ない人のようね」


 レイアが小声で言うと、ラオも頷く。


 鷹常は眉をひそめてカノン達を見ている。カノンもラオとレイアを真似て、膝をつく。


「……ここで見た事、秘密にできますか」

「はい! もちろんです!」


 ラオとレイアは二人で答える。鷹常は少し間を置いてから、刀を鞘に収めた。


「……シーアン、今後人の前に出るのは避けてください」

「……すまない」


 シーアンと呼ばれた魔人の青年は鷹常に謝ると、今度は三人の方に向き直って声をかける。


「よかったな、お前達。護衛の者ですらこの場所に無断で入ったために罰せられた者もいたんだ。命拾いしたな」

「は、はい。ありがとうございます。あなたのおかげです」


 レイアは頭を下げながら、シーアンの顔を覗き見る。


(この人は何者だろう。鷹常様が魔人の言う事を聞くなんて……)

(マク様と同じような墨を入れてる。マク様と同じ鬼人か)


 ラオもシーアンを横目で見ながら考える。魔人だから危険というわけではない事は、マクを見て知っている。実際この魔人の青年もいい人そうだ。だから鷹常姫もこの魔人を信用しているのだろうか。


「それでは鷹常様。失礼いたします」


 今は余計な推測をしている場合ではない。三人はそそくさとその場を離れた。






 ラオ、レイア、カノンの三人は疲れた体を押して、ようやく山を下り、城下町に入った。そして街も寝静まった頃にようやく、ラオ達の生家、山桜桃梅ゆすらうめ家の屋敷の門をくぐった。


「よく帰ったな、ラオ、レイア」


 部屋に通されたカノン達を出迎えてくれたのは、ラオ、レイアの祖父、山桜桃梅雪割(ゆきわり)だった。雪割は小じわの多い顔で、白髪の多い髪を上で結わえている。


「はい、おじい様。おじい様もご健勝のようで何よりです」

「……そちらの娘さんがお前達の今の主か」

「はい、カノン・アンジュ……」

「リタリア。カノン・リタリアです」


 カノンが口を挟んだ。アンジューは母リックの姓で、リタリアはマクの姓だ。カノンはどうやらマクの姓を名乗る事にしたようだった。


「この家にマク・リタリアという人が訪ねてきたら、迎え入れてくれませんか。わたしの父です」


 カノンは真っ直ぐ前を見ていた。ラオとレイアはそういう事か、と納得した。カノンは得体の知れない本当の父より、長く世話をしてくれたマクを父とする事に決めたのだ。そしてまたマクと再会する事を強く望んでいる。


「……よいでしょう。マク・リタリア。覚えておきましょう」


 雪割は頷きながら言った。それから「疲れただろう、お前達。今日はゆっくり休みなさい」と言って下女を呼び、寝所の用意をしてくれた。


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― 新着の感想 ―
はて。魔帝とやらが母娘を繰り返し食い物にしているイカれた野郎でないのだとすれば、なんともこれは不憫だな。妻だと思ってた存在は不貞するわ、娘は自分の事を得体の知れないとしてなかった事にしてるわ……踏んだ…
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