40-1.竜人達の攻撃
重い体を引きずる。もはや思考力もない。日が暮れるまでまだ少しあるのに、なぜか人通りがない街の中の大きな通りを歩いていく。
「宿はまっすぐでいいんだよな?」
疲れた声でぼそぼそっとニルマが聞くと、ダーダンは後ろから「ああ」と答える。もう少し、もう少しとそれだけを思って前へ進んでいく。ダーダンが「ふふん」と言いながら、鷹常を負ぶい直しているのが分かる。
「攻撃を止めさせろ」
急に獅子の声が聞こえて、カノンもニルマも振り返った。見ると獅子がダーダンの脇腹に刀を突きつけている。
「おっと、なんかそんな気はしてたが、もう一人いたのか」
「攻撃を止めさせろ」
獅子は低い声で繰り返す。
「攻撃?」
「一体何の?」
カノンとニルマが不思議そうな顔をしている間に、獅子は厳しい表情で鷹常をダーダンの背中から引きはがす。鷹常は微かに気づいて目を開ける。
「獅子?」
「鷹常様、御身に触れる失礼お許し願います」
鷹常は返事せず、また目を閉じた。
「おれの判断ミス……いや、おれはただのバカだ。鷹常様が敵地の真ん中とも言えるような場所に向かわれるのをお止めしなかった」
「敵地?」
「獅子、どうしたんだ?」
獅子はくいっとあごでカノン達の前方に浮いている魔石を指す。
「気づかないのか? おまえ達はさっきからほとんど進んじゃいない。同じところで足踏みさせられている。この男だけが歩みを止めていた」
「え? どういう事だ?」
「もしかして、幻惑の魔法か!?」
カノンはよくわからなかったが、ニルマはすぐに攻撃態勢を取る。すると前方に人影が三名現れた。
「なあんだ。すぐばれちゃったよ。本当なら潰れるまで歩いてもらうつもりだったのに」
「おれの魔法はばれたらもう役には立たない。後はおまえ達がやれ」
「指図するな。おれは最初っからこんな回りくどい手は気に食わなかったんだ」
ハルパーを持った十代くらいの黄緑色の竜人と、三十代くらいの竜人二人だ。三十代くらいの内一人は魔石使いと思われるが、もう一人は明らかに武闘家と分かるほど体格が大きく、ごきごきと指を鳴らしている。
「若いのがグラーン、魔石使いがディーバン、でかいのがゴーデンだな」
ダーダンがそう言っている間に、その三人の後方に十数名の竜人が続々と姿を現す。
「なんだ、子供じゃないの」
剣士らしい女性の竜人も出てくる。
「メヤーマまで出てきたか」
ダーダンは変わらずにやりと笑いながら言った。
カノンはメヤーマと目が合った。メヤーマは気が強そうだが、優しい目をしている気がした。
「この子達、たまたま迷い込んじゃっただけじゃないの?」
「たまたま来た奴が鱗を持ってるかよ。武器も持ってるし、一攫千金を狙ったクソガキ共に違いねえ」
「それにしちゃ浅はかじゃない? こんなとこまで乗り込んで、おれ達に囲まれるのなんてわかりきってるだろうに」
若いグラーンが口を挟むと、「クソガキは黙ってろ」とゴーデンがげんこつを食らわす。
「ダーダンの言伝によると、狙いはトーランだそうだ。王を取れば、竜人族の砦が瓦解するとでも思ってるのかもな」
「まったく舐めた話だぜ。竜人族はトーラン一人でできてるんじゃねえって事を教えてやる」
ゴーデンはまた指を鳴らす。
竜人達の会話は声が大きいので、カノン達にも大体聞こえていた。ここに来た説明をしようにも、疲れていて声が出せなかった。それでそのまま聞いたままだったのだが、なんだか最後の方は呆れてしまった。ダーダンが何をどう伝えたのかは分からないが、勝手に話を作ってしまっている。後ろの竜人の集団もその話に納得している様子なのが、なおさらカノン達をうんざりさせる。
「まあとにかく、捕まえちゃえばいいんでしょ? さっさとやっちゃおうよ」
グラーンがハルパーを器用にくるくるっと回す。
「女はおまえらがやれ。おれは魔石使いをやる」
ゴーデンが腰を落とす。
「女は殴りたくないからって勝手すぎでしょ。おれはダーダンの後ろにいる奴にしようかな。ダーダン、刺されても文句言わないでね」
ダーダンは肩を竦める。
「じゃあ、彼女はあたしがやるか」
メヤーマがそう言うと、途端にゴーデンが慌てる。
「バ、バカ! おまえは引っ込んでろ! ええい、面倒だ! そっちもおれがやってやる!」
幸いにも、竜人は多勢で襲いかかってくるというような事はしないらしい。グラーンとゴーデンだけが前に出てくる。
考えるのも面倒なので、カノンも構える。だがやはり疲労が効いていて、剣が重い。戦う前から息が上がってしまっている。
「じゃあ行くよ!」
ゴーデンよりは小柄だが、カノン達から見ると充分長身なグラーンが軽快に距離を詰めてくる。そして獅子に攻撃をしかける。
「鷹常様、御免!」
獅子は鷹常を地面に寝かせて、その攻撃を刀で受ける。その場を動く事ができないので、機動性が高い攻撃が得意な獅子は苦戦している。
「何、この子、めちゃくちゃかわいいじゃん!」
急にグラーンが素っ頓狂な事を叫ぶ。寝ている鷹常に目が釘付けになっているグラーンの隙を突いて、獅子が攻撃を仕掛ける。
「ちょ、タンマ、タンマ!」
グラーンがそう言うと、獅子は攻撃の手を緩めた……と言っても、実際獅子が攻撃を止めようとしたわけではない。獅子も疲労で刀を振る手が重くなっているだけだ。
「おい、グラーン! 何、気が抜けるような事言ってやがる!」
ゴーデンはカノンとニルマの二人を相手にしている。ニルマの魔法が思ったよりも厄介で、なかなか二人に近づけていなかったのだが、その内ニルマが膝をついた。
体力に限界の来たニルマは青い顔をして、かろうじて杖に縋っている。そのニルマに近づこうとするゴーデンの前にカノンが立ちはだかる。
「わたし達は争いに来たんじゃないんだ」
「ああ? 聞こえねえよ!」
か細くなっているカノンの声はゴーデンには届かない。ゴーデンは鈍い動きのカノンの剣を捕まえて、カノンを引きずり倒した。
「ぐうっ」
カノンは腕を捻り上げられ、その痛みに唸る。するとそこにメヤーマが近づいてきて、ゴーデンの肩を強い勢いでバシンっと叩いた。
「さあ、もう勝負はついたでしょ」
その優しく力強い声が聞こえると、簡単に負けた悔しさと入り混じって、涙が出た。




