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カノン伝記  作者: 真喜兎
第五章 星降る夜の神
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38-1.竜人の村②

「ただし」と鷹常は続ける。


「彼に断ってから逃げましょう。彼の言う通り、わたくし達だけでは確実に迷子になるでしょう。食料なども調達できねば、わたくし達は飢えてしまいます」


 カノンはやっと鷹常が本当に冷静になった事にほっとした。そっとドアを開ける。そのドアは元々カギがついていないようで、すんなり開いた。バートルは、小さな灯りの中、机で書き物をしていた。


「あの」

「うお、なんだ。トイレか?」


 バートルは驚きながらも、椅子を回して後ろに立っている三人に向き直る。


「えと、わたし達、逃げ……」

「わたくし達は自分の足で王に会いに行きます。案内してください。連行ではなく案内です」


 カノンの言葉を遮って、鷹常がバートルに詰め寄る。バートルは困ったような顔をする。


「それおれに言ってるか? 難しいぞ。おまえ達がおれ達の鱗を持って現れた事に変わりはないんだ。竜人を襲った証拠がないわけじゃない」


 鷹常とカノンは鱗を手に入れた経緯を改めて説明する。それでもバートルは首を振る。


「おれには判断がつかないな。村長だってそうだろう。だからおまえ達をトーラン王に預ける気なんだ」

「だからこそです」


 鷹常はなおも詰め寄る。


「わたくし達に害意がない事を、わたくし達は示さなければならない。わたくし達は堂々とあなた方の村の真ん中を通っていきたい」


 バートルは少し考え込むが、ぽんと膝を叩く。


「村長は頭が固いんだ。だがおれの友達にトーラン王の知り合いがいる。そいつに案内してもらおう」

「ありがとうございます……!」

「村長は怒るだろうが、まああいつの勝手な判断だと言えば、あいつが怒られるだけで済むだろう」

「……」


 バートルはランタンを持って出かける準備をする。


「あいつに話をしてくる。おまえ達は部屋で寝ていろよ」


 三人だけ取り残されると、ニルマは頭を掻いた。


「なんだかんだで信用はしてくれてるのか? 部屋にカギもかかってなかったし」

「この暗闇の中では外に出られない事を知っているのでしょう」

「なるほどな」


 バートルの持つランタンの光が見えなくなると、獅子が現れた。鷹常がバートルを待つと伝えると、獅子は少し残念そうにした。


「おれの出番はなかったな」

「まあトラブルにならなくてよかったんじゃないか」


 ニルマはそう言って獅子を慰めた。






 黒い鱗を持つダーダンは暗闇の中、来た客人を見てにやっと笑った。ダーダンは左頬に多く鱗があるせいか、右側に口が歪む。


「今日は客がよく来るな」

「ん? おれの他にも誰か来たのか?」


 バートルは、ダーダンの家の中を覗き込むようにする。


「もしかして西エルフを連れた同族だったりするか?」

「……さて、何の話かな?」


 アネネとチョーワはダーダンの家の中で既に寝ていた。カノン達が見つからず、ずっと探していて疲れていたからだ。ダーダンはアネネ達がいるとははっきり言わず、「何の用だ?」と問う。


「おまえに道案内を頼みたい」


 バートルがカノン達の事をダーダンに話すと、ダーダンは「くっくっく」と笑った。


「そんなおもしろい事が起こるのはいつぶりかな。頭にカビの生えた年寄り共にはいい薬だぜ」

「おれ達にもな。あんなガキ共ですら罪人扱いだ。ここの暮らしも悪かあないが、おれはもっと外の人間と話したいと思ったよ」

「ふふん」


 ダーダンはよくわからない相槌を返す。そしてそれから頷いた。


「いいぜ。おれが道案内してやる」

「お、頼まれてくれるか」

「ただし、こっちの客の面倒はおまえが見ろよ。保存食と畑があるから飢える事はねえと思うがな」

「やっぱり外から来た人間か?」

「ふふん」


 ダーダンはやはりはっきりとは言わず、ただにやっと笑う。


「そいつらは連れていかないのか?」

「ふふん」

「さては気に入ったんだろ。おまえは気に入ったものを溜めこむ癖があるからな」

「ふふん」


 まともに返事しなくなった友人を背にして、バートルは帰りだす。


「ま、いいけどな。とりあえず明日は夜明けには来てくれよ」


 ダーダンはバートルを見送ってから、「さて」と言った。


「トーランの奴に一泡吹かせてやるか」






 かつて竜人はこの大陸のあちこちにいた。竜人達は自尊心が強く、個で生きる事に抵抗がなかった。そんな竜人達の鱗を狙う者は、昔から少なからずいた。しかし竜人は個でもそれを撃退するほどの力を持ち合わせていたため、それほど大きな問題になっていなかった。後に竜人狩りと呼ばれるものが加速されたのは、ある貴族の娘の一言だった。


「私もあなたのようなきれいな鱗に包まれてみたい」


 その貴族の娘は、自分の屋敷に仕えていた竜人の騎士にそう言った。娘は竜人に恋をしていた。そのピンク色に染まる頬が、輝く瞳が、その竜人への想いに溢れていた。しかしそれに激しい嫉妬の炎を燃やした別の騎士がいた。その騎士は東人(普通の人間)で、竜人の親友だった。


 騎士は竜人を陥れた。竜人を呼び出し、あらぬ罪を着せ、大勢で襲った。騎士は竜人の鱗を皮膚ごと剝ぎ、娘に捧げた。そこで娘が悲鳴を上げ、卒倒した事は伝わっていない。噂になったのは、その貴族が竜人の鱗を法外な値段で買い取ってくれるようになったという事だけだった。娘は自分のために殺された竜人の魂に詫びるため、既に狙われてしまった竜人の鱗を供養しようと鱗を集め始めていた。


 実際そのお触れを出したのは娘の父親だったが、明らかに二人は考えが足りなかった。報酬目的の竜人狩りが増え始め、さらに鱗が流通するようになると、他の貴族の間で竜人の鱗を使った装飾品を手に入れる事が流行になった。


 過熱していく竜人狩りを、娘達は止める事はできなかった。むしろなおの事かわいそうな竜人達の鱗を一つでも多く引き取ってやろうと、賞金を上げた。その貴族はそのために財産をすべて捧げ、没落していったのだが、当然それでもう竜人狩りがなくなるなどという事にはならなかった。


 竜人達は他種族の人間達と敵対するようになり、竜人狩りの引き金となった貴族、特に竜人の鱗を欲した娘の処刑を望むようになった。


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― 新着の感想 ―
いよいよ主人公の思考の弱さが浮き彫りに……せめて用心棒バルサくらいの危機感と思考力をみにつけてくれないかというのはそんなにも酷な話でしょうか(涙目) 騙されるの何回目よ
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