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カノン伝記  作者: 真喜兎
第四章 日輪の神
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36.日輪の神

 その時のイースターの表情は、六十年たった今でもディアンダの心を蝕む。


 ディアンダは自分の書いた絵をイースターに差し出していた。母と、想像でしか知らなかった父と、その間で手を繋いでいる自分がいる絵。父の左頬に傷があるのは知っていたので、それがイースターである事はイースターにもすぐわかったはずだ。だがイースターがひどくつまらなさそうな、くだらなそうなものを見た目をしたのはそのせいではない。


 ディアンダはへらへらと笑っていた。最愛の母が殺された直後だというのに、イースターにへつらうように笑っていた。


「気持ちの悪いガキだぜ」


 イースターがディアンダに興味を失くしたのはディアンダにもすぐにわかった。ディアンダは失敗したのだ。お父さんはもうぼくを連れていってはくれない。


 イースターがもはや振り返る事もなく去っていくのを、ディアンダは泣きながら見ているしかなかった。絶望に打ちひしがれていたディアンダは、ようやく母を殺された怒りを思い出した。


「仇を取らなくちゃ……」


 ディアンダはふらふらと立ち上がった。そしてディアンダは必死で自分を鍛え上げた。自分より強い人がいると、教えを乞うのを厭わなかった。剣技はもちろん、魔石も七色扱えるほどまでに強くなった。魔族五強とまで呼ばれるようになると、人の記憶から消えつつあったイースターの行方を追った。


 そんな中、ディアンダは北エルフの国でシュヤという少女と出会った。彼女と触れ合う事で、いつしかディアンダはイースターの事を忘れていた。


 小さな幸せを得る事。ディアンダにとって必要なのはそれだけだったのだ。


 でも、だからだった。その幸せ(シュヤ)を失った時、再びイースターを追い始めたのは。幸せを失ってしまった苦しみから逃れるために、ディアンダは邪法に手を染めた。






 カノンはアネネ達と仲良くなった後、しばらく考えていた。屋敷のリビングルームで、頬杖をつきながら座っている。


「竜人の国に行ってみたいな」


 ぼそっと呟くと、レイアが驚いたように振り返る。


「本気なの? どこにあるのか正確な場所は誰にもわからないのよ?」

「アネネとチョーワがいれば行ける……気がする」


 レイアはちょっとため息をつきながら、カノンの隣に座る。


「何のために行きたいの?」

「あの人の……鱗を拾ったんだ」


 カノンはポケットから赤い鱗を取り出す。これはカノンを狂気から救ってくれたドーレンという竜人の鱗だ。この鱗は拾ってから肌身離さず持っている。


「きれいな鱗ね」

「うん……この人を、国に返してやりたい」


「反対はしないけど」と言いながら、レイアは足を揺らす。


「わたしは行かないわよ。実を言うと長旅はもうこりごりなのよね。生理も遅れちゃうし」

「そうか」


 風呂から上がってきた鷹常に話をすると、鷹常は「行きます」と頷いた。


「竜の背に行くのなら、これもいい機会。わたくしはそのまま国に戻ります」

「え? それならわたしも……」


 レイアが言いかけると、鷹常は首を振る。


「あなたはこの国との外交を担当する職に就いてください。後日、正式な書簡を送らせます」

「は、はい!」


 レイアは思わぬ大役が回ってきて、少し緊張して返事する。「それから……」と、鷹常は声を潜めてからレイアに耳打ちする。


「魔帝の動向も可能な限りは見ておいてください。ベングさんの話ではもう長くこの国には来ていないというので、望みは薄いかもしれませんが」

「わかりました」


 レイアにこそこそ話していたが、それはさすがにすぐ近くにいたカノンにも聞こえていた。カノンは呆れたように息をつく。


「鷹常は魔帝なんかがそんなに気になるのか?」


 鷹常はにっこりと笑う。


「この先に乱世が来るとしたら、そこに魔帝、もしくは魔帝の持つ組織が必ず絡んでくるでしょう。わたくしが勝者となるためにも情報はいくらあっても困らないのです」

「まるで乱世ってやつが来てほしいみたいだな」

「ふふふ」


 何がおかしかったのか、鷹常は珍しく声を立てて笑った。






 マクはカノンが竜人の国に行きたいという話を聞き、赤い鱗を見せてもらった。するとマクに憑いていたマルコという少年の霊が、マクに話しかける。


「マク、この鱗のおじさんが、お父さんのいるところを教えてくれた。ぼく行ってくるよ」

「おれも行くか?」

「ううん、一人で大丈夫。それよりも、また戻ってきてもいい? ぼく、マクと一緒にいたいんだ」

「もちろんいいぞ」


 マルコは僅かに微笑んで、それから姿を消した。


「マク、誰と話してるんだ?」


 あらぬ方向を見ながら一人でぶつぶつ言っているマクを、カノンは変な顔をして見る。どうやらカノンは神は見えても、霊は見えないらしい。マクがマルコと話していると言うと、カノンは「へえ、そうなのか」と素直に信じた。






 アネネは竜人の国に行かないかという誘いにしばらく迷っていた。


「あたし達も詳しい場所を知っているわけじゃないんだ。一応だいたいの見当はついてるけど」


 竜人の国が他の人種を拒んでいるという話は、アネネになかなか決心させなかった。アネネを育ててくれた竜人の両親は、アネネがいるために竜人の国に行かなかったからだ。しかし赤い鱗の竜人の話を聞き、無邪気ににこにこしているチョーワの顔を見ると、寂しそうに頷いた。


「確かに、チョーワは竜人の国にいる方が安心だよね……。チョーワの面倒を見てくれる人がいるかは心配だけど……、でも竜人ならきっと優しい人がいるよね」


 アネネは一人勝手にチョーワと別れる決心をした。


 それから色々と準備を済ませると、カノン達は竜人の国に旅立った。見送るのはマクとレイア、旅に出るのはカノン、鷹常、獅子、ニルマ、アネネ、チョーワだ。カノンの歳は十八を過ぎていた。


 建物の上で、二人の翼人とマルコがカノン達の背中を眺めていた。翼人の一人はジェスで、もう一人はジェスより一回り体が大きく、体は透けている。


「あなた、神様でしょ?」


 マルコが体の透けている翼人の男性に問いかける。その翼人は日輪(にちりん)の神だ。日輪の神はぼーっとした顔つきで、空を見つめている。


――わたしは、神である事をやめたいと願っている者だ――


 日輪の神は、ぼそぼそっとそう呟いた。


 幽霊の男の子、マルコはマクが旅の途中で拾った子です(24-1話) 赤い鱗の竜人ドーレンを襲っていた鬼気迫る顔をしていた男がお父さんです。


 第四章 日輪の神・終

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