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カノン伝記  作者: 真喜兎
第四章 日輪の神
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35-2.アネネとチョーワ

 カノンは少女と男達の揉め事を見て、介入するのを少しためらっていた。以前に大した事情もわからずに加勢しようとして失敗しかけた事があったからだ。しかし押さえつけられている西エルフらしい少女が叫ぶ。


「助けて! 助けてくれよ! そいつの鱗が狙われてるんだ!」


 カノンはそれを聞いて剣を抜く。カノンの肩に乗っていた翼人のジェスも、「ギャア」と叫んで、男達を威嚇する。


「この国で揉め事は起こしたくないんだ。悪いけど、その子を離して立ち去ってくれないか?」


 後ろでは獅子とニルマも戦闘態勢を取る。今日はみんなで観光がてら、この国を回っていた。森に近づくとジェスがどこからか飛んできてカノンに懐いてきたので、森沿いに歩いているところだった。レイアは争いを避けるため、前に出て叫ぶ。


「自警団の人を呼びますよ!」


 それを聞くと男達は慌てた。


「や、やめてくれ! 奴らの自警という名の私刑(リンチ)はやばいんだ!」


 この国はこの国で何も問題がないわけではないらしい。男達は慌てふためきながら去っていった。


 エルフの少女、アネネはカノンの手を借りて立ち上がる。


「あんた達、天使かい?」

「ハハッ、なんだそれ」

「天使はジェスだけですね」


 カノンが笑うと、後ろから鷹常が答える。ジェスはさっそくチョーワと仲良くなって、二人でくるくる回って遊んでいた。






 ディアンダは今カノン達が寝泊まりしているアンジュー家の屋敷を訪れていた。名義はリックのものにしてある。それをカノンのものに変えてやろうかと、なんとなくそんな事を考えながら、そっと中の様子を窺う。


 誰にも見つからないように覗いたつもりだったが、その様子をベング爺さんが目ざとく見つけた。ベングはカノンが来た事を告げる手紙をディアンダに出していたので、そろそろ来る頃だろうと思っていたのだ。


 ベングはカノンにそうしたように、ディアンダの手を両手で包み込むように握った。


「よくお戻りになられた、ディアンダ様。あなたが帰ってくるのをわたしはずっと待っていた」


 ディアンダは一瞬、自分の正体をどうにかごまかせないかと考えた。だが十七、八年たったくらいでベングの記憶は曖昧なものにならないらしい。ディアンダの手を握りながら、ディアンダのこれまでの身を案じてくれる。ディアンダは戸惑いながらも、優しい声色でベングに声をかける。


「元気だったか? 給金は足りているか?」


 ベングはディアンダの手をますます強く握りながら、少し涙声で「はい、はい」と返事をする。ディアンダは今屋敷にカノンがいない事を確認すると、少し安心してベングとしばらく話した。


「おれはもうここには帰ってこないかもしれない。この屋敷はカノンに自由に使わせて構わないが、カノンが出ていくと言っても自由にさせてやってくれ」


 ディアンダがそう言うと、ベングは涙を流して頷いたが、またディアンダの手を握る。


「あなたはいつでもここに帰ってこれる。何年たっても、何十年たっても」


 苦しかった暮らしを救ってくれた恩を忘れていないんだとベングは言った。ディアンダはいつも迷い、後悔する。自分の居場所はそこにあったのに、それに気づく頃にはもうすべてが手遅れになっている。


「おれが来た事はカノンに言わないでくれ」


 結局、最後にはそんな事しか言えなかった。今度仰いだ天の色は潤んでいた。






 ディアンダは母親が殺された後、ずっと泣いていた。十歳くらいの事だ。母が殺された事ももちろん悲しかったが、それ以上にディアンダを苦しませていたのは、母を殺した父がディアンダを見捨てた事だった。


 母はイースターに命を狙われ、ずっと各地を転々としていた。母はイースターに対抗するため、幼かったディアンダを教育し、特に戦えるように魔石や剣の扱い方を教えた。


 教えてくれたのは母自身ではなく、母が旅の道中で声をかける人々や傭兵達だった。だからディアンダにとっての友達は、その年齢の離れた大人達だけだった。大人達は酒を飲みながらいろいろな話をしていたが、人が変わっても共通して出てくる話題が一つあった。


 魔族五強、狂犬イース・タンデス


 どこそこの軍を壊滅させたとか、名のある武人を倒したとか。その頃にはそれはもう昔話になっていたが、それでも大人達はその話題で盛り上がる。


 ディアンダはその名前が出てくるたびに誇らしい気持ちになった。父はこうして多くの人に語り継がれるほど偉大な男なのだ。


 父が母の命を狙っているなんて、母の思い違いじゃないのか。ディアンダはよく想像の父を絵にかいた。それを母に見られると、母は父の恐ろしさをしつこいほどに語りだすのであまり見せないようにしていたが、それでもディアンダは絵を描き続けた。いつか父は自分達の前に現れて、笑顔で自分達を抱きしめてくれる。そして三人で手を繋いで歩いていく。ディアンダはそんな絵を紙に書いた。


「失礼な話だぜ。どいつもこいつも人の名前を間違えてやがる。おれはイースター・ンデス。これでもティエフェワルデ王国(魔界)のンデス大公の息子だぜ。ま、七十年も前に殺しちまったからどうでもいい話だがな」


 イースターはそう言いながら、イース・タンデスと書かれた子供の絵を踏みつけた。七十年と言ったが、イースターはとても若く見えた。ディアンダの父親というにも少し若く見えるくらいだ。


 母はイースターが不老不死の術を行っているという話をしていた。ディアンダはそれが本当の事なんだと感じる。その母は今しがた血を吹き出して倒れたところだった。母は抵抗して暴れていたため、ディアンダの絵も辺りに散っていた。


 ディアンダは涙を流しながらひたすらに震えていた。イースターが母の心臓を抉りだし、その血をすすっている間も何もできなかった。ディアンダの中でぷつんと何かが切れた。


 血の付いた口を拭ったイースターは、そこにいた子供が俯いたまま立ち上がったのに気づいた。


「なんだ? 親の仇でも取るか?」


 イースターは笑いながら言う。しかしその笑みはすぐに消えた。


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