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カノン伝記  作者: 真喜兎
第四章 日輪の神
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34-1.マクとの再会

 カノンはまだ翼人を抱えていた。翼人は最初はもがいていたが、トラがいなくなる頃になると大人しくなっていた。柱や木の上にいる翼人達も、音を鳴らしながらやってきた人達には慣れているのか、もう襲ってこない。


「ハハハ、懐かれたようだな」

「ほら、服を着せてあげて」


 カノンが抱えている翼人は服を着ていなかったので、女性が翼人用の服を渡す。カノンは言われた通り、服を着せてあげた。翼人は服を頭に通されると、ぶるると頭を振り、カノンが頭を撫でると気持ちよさそうに頭を擦り付けてくる。


「かわいいな」


 カノンは思わず顔がほころぶ。女性が「名前をつけてあげてもいいわよ」と言うので、カノンは少し考えた。


「じゃあジェス。おまえはジェスだ」


 カノンが「ジェス」と呼ぶと、ジェスはぱくぱくと口を動かした後、ぎこちない声で「ジェ、ス」と発音する。


「すごいな、おまえ! 喋れるのか!?」

「フフ、賢い子なら人間の声真似をしてくるわよ」

「そうなのか!」


 カノンがジェスと遊んでいる間に、そこに来た人達は神殿に魔石を並べて、祈りを捧げた。






 カノン達がカラオ国に入った同時期、ディアンダもこの国を訪れていた。外では魔帝と呼ばれるディアンダも、この国に来た時は一人の人間としてここを歩いている。ディアンダはあまり普通の人間と変わらない外見なので、すぐに魔人とはわかりにくいのだが、長い髪の間から覗く耳を見れば、少し尖っているのがわかる。


 ディアンダがこの国を気に入っている理由の一つが、行きつけの理髪店がある事だ。もう六十年くらい前、母がまだ生きていた頃からこの理髪店に通っている。ここの主人には、父に命を狙われる母がこの国に逃げてきた時から、世話になっていた。今ではその時の主人は亡くなり、息子が主人となっているが、それでもディアンダがそこを訪れると、いつも歓迎してくれた。


「いらっしゃいませ! ……やあ、ディアンダじゃないか!」


 今日もやはり店の主人は歓迎してくれた。今の主人は子供の頃から知っているが、もういいおじさんになっている。そしてその息子も家業を継いだのか、一緒に「いらっしゃいませ」と言っている。


「前と同じ……いつものように頼む」


 主人はディアンダのお気に入りの髪型を忘れていないのか、「はいはい、かしこまりました」と、にこにこ笑顔で答える。


 主人は腰の辺りまで伸びていたディアンダの髪を、思い切り切った。ディアンダは普段は髪を伸ばしっぱなしにしているが、実はあまり長いのは好きじゃない。主人は手際よく、ナチュラルマッシュなカットにしていく。


 ディアンダはあまり人に感情を見せないようにしているが、それでもその主人と話している間は時々笑っていた。そんなディアンダを、息子は訝しそうにちらちらと見ている。


 散髪が終わった後も、ディアンダは話が尽きないのかしばらく主人と話していた。そしてようやく店を後にすると、息子は持っていた疑問を父親にぶつけた。


「あの人、いったいいくつなんだ? 親父より年上って話じゃなかったっけ?」

「ガハハ、わからん!」


 主人は腕を組んで豪快に笑う。


「それにディアンダって、魔族五強の魔帝の名じゃないか? まさかあの人が?」

「ガハハ、それもわからん!」


 息子は呆れたようにするが、主人は人混みに紛れていくディアンダの背中を優しい目で見つめる。


「そういう話をすると、あの人は嬉しくなさそうな顔をするんだ。おれはあの人に笑顔で帰ってほしい。だからおれは余計な詮索はしないんだ」


 主人はバンバンと息子の背中を叩く。


「あの人が何者であれ、うちの大事なお客さんである事に変わりはない。いつかはおまえが施術する事になるかもしれないんだ。その時もあの人を笑顔にしてやってくれ」


 息子はまだ納得のいく顔をしていなかったが、父親の仕事に対する心意気を垣間見て、「わかったよ」と素直に頷いた。






 ディアンダは久しぶりに空を見上げた。頭が軽くなったせいか、心も軽くなった気がする。


「もう二度とこの呪われた人生に振り回されない。今度こそ、おれはおれの人生を手に入れる」






 ジェスとは森で別れ、カノン達はアンジュー家の屋敷へ来ていた。アンジューというのは、カノンの母、リックの姓だ。リックの夫だったディアンダも、この国ではアンジューという姓を名乗っていた。カノンが生まれる頃、そのアンジューの名で屋敷を買い、暮らしていた。


 その屋敷の前にはマクがいた。マクは北の地で別れたカノンの父親代わりの男だ。マクの姿を見たとたん、カノンは走り出していた。カノンに気づいて笑みかけたマクに、カノンは思い切り抱きつく。


「マク、母さんが、母さんが」


 カノンは訳も分からずそう言いながら大粒の涙をこぼしていた。マクはそんなカノンの頭を撫ぜる。


「……そうか。おまえはまだ泣いてもいなかったんだな」


 マクはカノンをぎゅっと抱き、また頭を撫ぜる。


「また少し大きくなったんじゃないか? もうリックと変わらないな」


 マクは百七十に満たない身長だが、カノンは百七十を超えている。リックもそうだった。マクもリックを思い出して少し目を潤ませるが、カノンの後ろに四人の男女がいるのを見て、涙を拭った。


 一人は知っている。双子の妹、レイアだ。しかし兄のラオの方が見当たらない。レイア以外の三人が自己紹介を済ませると、マクは「立ち話もなんだな」と少し考えた。


「おれは今ここに住んでいるわけではないんだが、カノンがいるならいいだろう」


 マクは屋敷の敷地内に入っていくと、庭の石に腰を下ろしていた老人に声をかける。


「ベングさん。カノンが来たんだ。中に入れてもいいか?」


 深いひげの生えたベングはじろっとマクを一睨みすると、カノンの手を両手で包み込んで、「よく帰って来た」と言った。


「ベング……さん。お久しぶりです」


 カノンが挨拶すると、ベングは首を振る。


「昔のようにベングと呼べばいい。ここの主人はあなた達なのだから」


 ベングは昔からいる使用人だ。主人だったカノン達がいなくなった後も、ずっとここを管理してくれていたらしい。家の中も埃一つなく、カノン達をリビングに案内してくれた。


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