33-1.大樹の森
カノン達は大樹の森の中へ入る。翼人の機嫌を損ねないようにできるだけ森内に入らず川沿いを行こうとしたが、足場が悪く森内へ入らざるを得ない。そこに立っている木々は大樹の森と言うだけあって、普通の木の二倍も三倍もあるような木が多かった。
「奥に行けば行くほど大きな木があるって話だよ」
いつも聞き手役のカノンが、今回は説明役に代わっている。レイア、鷹常、ニルマ、獅子は周りを見渡しながらそれを聞いている。
「翼人は鳥みたいに自在に飛べるわけじゃなくて、高いところに上ってから翼を広げて舞い降りてくるんだって」
「滑空してくるのね」
「そうそう。上る時は爪がかぎ爪みたいになっていて、それで木をよじ登る」
カノン達は順調に森を進んでいたが、森は思った以上に広く深く、一日経っても抜けられなかった。根が壁になるほど大きな大樹を見つけてその根の間で焚火を囲む。
「この森にはトラっていう大型の獣がいるんだ。人を襲う事もあって、カラオ国では毎年死者が出てる」
「知ってますよ、トラ。大きな猫でしょう? サーカスという曲芸師の集団が調教しているのを見た事があります」
「へえー、わたしはそれは見た事ないな」
獅子は「おれの妹は虎という名前なんだ」とニルマに話している。カノンはトラが心配なのか、時々きょろきょろと周りを見ている。
「わたしは獣は相手にした事はないから、襲ってこられたら心配だよ」
「獣相手なら魔法が効くんじゃないか? ニルマがいるからそんなに心配する事もないだろう」
「そ、そうか。そうだな。頼むよ、ニルマ」
ぎこちない笑顔を見せるカノンを案外かわいいなとニルマは思いながら、歪な形の魔石を軽く浮かせる。
「削ってないとちょっと操作しづらいんだけどな。けど、獣を追い払うくらいならできると思う」
「そうか。頼りになるな」
にこっと笑うカノンをやはりかわいいなと思ってしまうニルマは、絆されてきているのを感じ、自分に呆れてため息をつく。幸いその夜もその次の日も大型の獣に会う事はなく、安全に進めた。しかし次の朝になって騒がしい声で目が覚めた。
「キャアアアアア!」
「ギャアアアアア!」
「悲鳴!?」
みんながそう思って飛び起きた。気づけば周りの木々の上に翼を持った人が大勢いて、カノン達を見下ろしていた。
翼を持つと言っても、翼と手が別々に生えているのではなく、手と翼は一体化している。顔を含めた体全体が毛に覆われ、皮膚の色は見えない。着ている服は貫頭衣のような簡素なものだ。
「よ、翼人……!」
翼人は様子を見るような雰囲気でこちらを見ていて、時折威嚇するように唸って犬歯の発達した歯を見せる。
「あ、あの、すいません! 勝手に森の中にお邪魔してます! わたし達カラオ国に行く途中で、この森を通りかかったんです! どうか森を抜ける事を許可してくれませんか!?」
レイアは敵意はないというように両手を広げて翼人に訴えた。しかし翼人の反応はない。
「レイア、何してるんだ……?」
代わりにカノンが後ろから声をかける。
「何って、お許しをもらおうと」
カノンはよくわからないというような顔でレイアを見つめる。
「翼人はわたし達の言葉などわからないぞ?」
「? 話す言語が違うって事?」
カノンは違う言語があるという認識もないので、首を傾げるが、前に出ているレイアの手を少し引っ張る。
「だからさ、獣と同じだ。翼人はヒトの言葉を持たない」
「え!?」
カノンの言葉にはレイアだけでなく、他の三人も驚いてカノンの方へ振り返る。
「翼人は知能の高い人種ではないんですか!?」
鷹常は月国地方にも伝わっている南方のおとぎ話を思い出して言う。
「知能は高いぞ。森の外では人を襲う事はない」
「服を着ているぞ? 獣は服など着ないだろう?」
獅子も翼人はヒトと変わらないイメージが強かったのか、やや狼狽している。しかしよく見れば翼人の中には服を着ていない者もいた。
「服は着せても嫌がらない。カラオ国は翼人を大切にしているからな。わざわざ翼人の服を作って着せてやるんだ」
「そうじゃなく……」
鷹常は少しじれったそうにしながら、もう一度翼人を見渡す。
「翼人は森の賢者と言われ、本を愛し、その言葉は神の子の言葉として南方の国のあり方に影響を及ぼしていた……はずでは?」
「ん~確かにそんな昔話もあるけど……」
結局カノンの話を総合すると、翼人は普通の動物より知能が高いというだけで、本質は獣と変わらないという事だった。ようやくみんながそれを理解する頃になると、翼人の数はますます増えていた。
「のんびり話してる場合じゃないんじゃないか……? このままだと……」
ニルマが緊張感を高めていると、翼人が奇声を発した。
「ギャアアアアア!」
人の悲鳴にも聞こえる翼人の鳴き声だ。その声と同時に複数の翼人が滑空してきた。爪を広げて明らかに襲う姿勢を見せている。ニルマは炎を発生させてそれを防いだ。
「姿勢を低くして、このまま逃げよう!」
みんな慌てて荷物を拾い上げ、木の根を越えて走り出す。翼人は木から木へ飛び移りながら追ってきていたが、ニルマがうまく魔石を操って翼人の目を眩ますと、なんとかほとんどの翼人から逃げきる事ができた。しかしまだしつこいのが数人いて追ってくる。
走っている内に少し広場になっているところに出た。そこには石で造られたドーム状の建物がある。四方向には柱が立っており、真ん中の建物は中に五人が転がり込むと、それだけでいっぱいになってしまうような大きさのものだった。中にはたくさんの魔石が転がっている。
「神殿……だな、たぶん」
ニルマが呟く。翼人は外でぎゃあぎゃあ騒いでいる声が聞こえるが、神殿の中には入ってこないようだ。
「ここの神様と言えば……」
「日輪の神、だよ」
「確か翼の生えた神様よね……?」
「そうそう」
「翼人がモデルなんでしょうね」
「そうだろうなあ」
カノン達は神が実在するという事を忘れて呑気に会話していた。




