30-2.赤竜ドーレン
カノンと獅子はとっさにレイアと鷹常を連れて、距離を取った。
男達は剣を取り、赤い鱗の男と乱闘を始める。赤い鱗の男は丸腰だったが、一人の男を捻り倒して剣を奪い、ブオンブオンとそれを振った。その剛力にすぐさままた一人やられる。昨日カノンに声をかけてきた鬼気迫る顔をした男が一人になったところで、カノンは柄に手をかける。
「戦うつもり?」
カノンは一瞬それがラオの声に聞こえ、ギクッとした。ただ心配そうに声をかけてきたのはレイアで、カノンは責められているわけではないとわかって少しホッとする。
「どちらに?」
鷹常は止める風はなく、単にどちらに加勢する気なのかと首を傾げる。レイアは慌ててカノンの腕を掴む。
「ダメよ、関わっちゃ!」
「押されているのは鱗の男のほうだな」
獅子も冷静に状況を分析する。鱗の男は最初はすごい気迫を見せていたものの、ケガが効いているのかだんだんとふらついてきている。
レイアは「だからダメって言ってるでしょ!」と、カノンの腕にますますしがみつく。
「鱗の男は子供を殺した奴なんだ」
カノンはそう言うが、レイアは離れない。
「あの男、蛇鱗人かしら?」
「そう思います」
カノンとレイアが揉めているのをよそに、鷹常と獅子は淡々と話す。その間にも男達の決着はつこうとしていた。
「息子の仇だ! 死ねえええ!」
「うおおおおお!」
鱗の男は雄叫びを上げ、向かってくる男を斬り倒した。カノンは思わず「ああっ」と声を上げた。鱗の男は最後の力を振り絞ったかのように、膝をついてそのまま倒れた。
動かなくなった男達にカノン達は近づいていく。カノンは息子の仇と吠えていた男を、レイアは鱗の男の様子を見た。カノンが見た男達はもう息はなかった。レイアはまだ生きている鱗の男の額に手を当てた。
「この人、ひどい熱だわ……!」
「助けるのか?」
カノンは渋い顔をしてレイアを見る。
「……カノンにはこの人の方が悪者に見えてたみたいだけれど、わたしから見たら多勢に襲われてかわいそうだったのはこの人の方よ」
レイアは「それにこの人は生きてるわ」と付け足した。カノンだって動けない男に止めを刺そうとまで思っていたわけではない。渋々、男を仰向けにしようとしているレイアを助ける。
「どこから現れたのかと思っていましたが、この岩陰に隙間があるのですね」
鷹常が見つけた場所には確かに崖が割れたような隙間があった。奥深くはないがそれなりに広い。カノンは馬をなだめていた獅子と協力して、鱗の男をその崖の割れ目に運んでいく。それから鱗の男の看病はレイアと鷹常に任せ、カノン、獅子は男達の骸を一カ所に集めた。
「放っておくと、獣を呼び寄せてしまうかもしれない」
獅子の提案で、男達を火葬する事にした。木々がまばらな地帯だったが、なんとか燃やせそうな薪を集めてくる。
「風上でよかった。こんな臭いを嗅ぎながら一晩は過ごせないぞ」
獅子は顔をしかめながら燃える炎を見ている。カノンも夕焼け色の空を見上げながら「そうだな」と頷く。そしてレイア達の元へ戻る。レイアはカノンの顔を見ると首を振った。
「この人、ダメかもしれない」
カノンは黙って片膝を立てながら座った。
鱗の男はずっとうなされていた。なんとか喋れる程に目を覚ましたのは夜中だった。
レイアは自分達は通りすがりの者だと説明しながら、男に水を含ませてやる。レイアが名を聞くと、男はドーレンと答えた。カノンはドーレンが少し落ち着いたところで口を開く。
「あんた、あの男の人の子供を殺したんだろう?」
カノンの目には憎悪を含んだきつい光が灯っている。ドーレンは僅かに体を起こした。そして死にかけているとは思えないほどの怒声を上げた。
「小童が、知った風な口を効くな! おれは家族を殺された! この鱗を狙ったあの男達に、皮膚ごと鱗を剥がされたのだ!」
驚いて言葉を失っているカノンを睨みながら、ドーレンは「ぜえー、ぜえー」と息をする。鷹常は灯りが僅かに当たるだけのドーレンを見つめた。
「鱗を狙われた? あなたもしかして蛇鱗人ではなく、竜人ですか?」
「蛇鱗人などと一緒にするな、小娘」
ドーレンは掠れた声で答え、少し咳き込む。
竜人とは顔や体に鱗を持つ人種の事を言う。おとぎ話の様に竜に変身したりなどはしない。蛇鱗人との違いは、蛇鱗人がくすんだ灰色の鱗が多いのに対して、竜人の鱗は赤、青、緑などの色鮮やかな事。そして魔人と呼ばれていない事だ。
鱗の事を知らない様子のカノンに、鷹常は淡々と言葉を続ける。
「竜人の鱗は固く強い。その色の美しさも相まって、装飾品として珍重されています」
「でもそれはご禁制の品となっているはずですが」
レイアは穏やかでないドーレンの様子におろおろしながらも、なんとかドーレンをまた横になるように促す。何がドーレンの気に障るか分からないので、竜人についての情報をカノンに教えてあげる事もできない。ただカノンはさっきのドーレンの言葉にショックを受けたようで、視線を落としている。
「小童」
ずいぶん時間が経ってからドーレンが口を開いた。カノンは座りながら目を閉じていたが、すぐに目を開く。鷹常、レイア、獅子は眠っていて動かない。
「何を憎んでいる?」
カノンは口を動かしかけたが答えなかった。ドーレンはそれでも言葉を続ける。
「憎しみは新たな憎しみを生むだけだった」
「……憎むのをやめろと?」
ドーレンは深く息をする。
「そうは言っていない。ただね、おまえのような若い子供が狂気に囚われて生きるのはいかがなものかと思ってね。狂気はいずれ身を滅ぼす。生きるのなら後悔しない道を選べ」
カノンは答えずにただドーレンを見つめている。
「おれの人生は無意味だった。家族を守る。たったそれだけの事すら、おれは為せなかった」
カノンはぐっと言葉に詰まった。数年一緒にいて家族のようだったラオ。そのラオを一時の激情に巻き込んで傷つけた。守る。たったそれだけの事すら為せなかった。その言葉はカノンに突き刺さった。
「夜が明けたらおれを置いていけ」
ドーレンはまだ何か言っていたようだが聞き取れなかった。狂気を置いていけ。そう言われたような気がした。




