30-1.赤竜ドーレン
レイアは最近のカノンの目が険しくなっているのに気づいていた。
少し前まではラオを傷つけた事に怯えていた。それが今はいつも何かに苛立っているように見える。道中で声をかけてくる人に異様に警戒心を燃やし、魔人らしき人を見ると「あんたは魔帝と関わりのある人か?」と突っかかる。
魔帝から逃げていただけの今までと違って、自分から魔帝を探している素振りがある。
「何かあったの?」と、聞いてみても、カノンは「何も」と答える。
今日も野宿で、岩場の陰で小さな焚火を囲んで夕食の支度をする。鷹常が邪険にする事がなくなってきたので、最近は獅子も一緒に食事を取る。
鷹常は機嫌よさそうに「お茶をどうぞ」とカノンに飲み物を渡した。カノンはそれを飲んで、気落ちしたようにため息をつく。さすがにずっとイラついているのは疲れるようだ。
レイアは再度「どうしたの?」と声をかけようとしたが、その前に鷹常が口を開く。
「カノンは魔帝を探しているのですか?」
「ん、ああ……。見つかれば……いや、見つけなきゃな」
「本当のお父様ですものね。一度はお会いになりたいでしょう」
「そんなんじゃないよ」
カノンは少し口を尖らせてそっぽを向く。獅子は魔帝とカノンの関係について初耳だと言う顔をするが、鷹常に「他言しないように」と言われると、素直に「御意」と答えた。
食事の終わったカノンは一息つく間もなく、離れたところで剣を振り始めた。食事を取った事で元気が出てきたのか、また苛立って剣を振っている。
「カノンはどうしたんだ?」
獅子までもカノンの様子が気になったようで、レイアに聞いてくる。レイアは「わからない」と首を振って、「あなた聞いてみてくれない?」と提案する。
「おれが?」
レイアが「ええ」と頷くと、獅子は「まあ構わないが……」と言って立ち上がる。レイアは様子を見てと思ったのだけれど、獅子は今すぐにでも聞く気らしい。荒々しく剣を振っているカノンに近づいていった。
「カノン、どうした。なぜそんなにイラついている?」
愚直な獅子の聞き方は直球だ。カノンは突然の問いに呆気にとられたが、軽く剣先を振ると剣を鞘に戻す。そして汗をかいていた顔を手拭いで乱暴に拭う。
獅子はカノンの髪の毛から流れる汗を見ながら、カノンのいつでも鍛錬を欠かさないところは尊敬できるな、と考えていた。
「水でも持ってこよう」
そう言って獅子はレイアの元へ戻り、水筒をもらってくる。カノンはそれを受け取ってごくごくと飲んだ。その間も聞く姿勢を崩さない獅子に、カノンはなんでもないとは言えず、手頃な岩の上に腰を下ろし仕方なく喋りだす。
「一年くらい前、母さんが殺されたんだ。でもわたしは母さんが死んだところは見ていなくて、あまり実感がなかった。だから分からなかったんだ。母さんを殺した父を恨めばいいのか、恐れればいいのか」
獅子は黙って聞いている。変な同情心も見せない。だからかえってカノンは話し続けやすかった。
「でもこの前ある人に会って……そこで母さんの死にざまを聞いたんだ。むごい殺され方をしたって。だからわたしは自分をバカだと思ったんだ。ひどい目にあわされた母さんの仇を取ろうともしないで、ただ旅を続けているだけなんて」
「……なるほど。それをレイアには話さないのか? おまえの事を心配している」
カノンは少し困ったような顔になりうつむく。
「話したくないわけじゃないんだ。ただ……レイアにはもっと話してしまいそうで怖い。どういう風に殺されたのか。それを口にしたら、わたしは、泣いてしまいそうだ。それに、聞かせたくもない」
「そうか」
獅子はカノンがレイアの事を信頼していないわけではないんだと分かる。
「今の話を鷹常様とレイアにするのは構わないんだな?」
「ああ……いいよ。ただ直接は聞かないでって言っといて」
「わかった」
獅子は本当にただ聞いただけで戻っていった。余計な事を言わない獅子にカノンは気が楽だなと思いつつ、汗をかいた服を着替えるかと立ち上がった。その時、向こうから馬に乗った男達が三名ほど走ってきた。
「小僧! ここを赤い男が通らなかったか!?」
先頭の鬼気迫る顔をした男はこんなところに女の子がいるとは思わなかったのか、カノンを小僧と呼び、すごい形相でまくしたてる。
「わたしは子供をその赤い男に殺されたのだ! ここまでずっと追ってきたのだ! もう少し、もう少しで仇を取れる!」
カノンはなぜかその男に変な感動を覚えた。この男も肉親を殺され、仇を必死で追っている。「知らない」と言うとその男達は馬を走らせて行ってしまったが、カノンは心の中で男を応援した。
憎悪が沸々と湧いてくる。自分も憎み続けていれば、魔帝に必ず辿り着ける。カノンは拳を握ってレイア達の元へ戻っていった。
翌日、岩場の多い地帯を歩いているカノン達はまたその馬に乗った男達を見かけた。男達は地面に落ちている血を見て、「この辺りにいるはずだ!」と付近を捜索している。
カノン達は崖の下の道を、男達の邪魔にならないように歩いた。特に鷹常とレイアは関わり合いになりたくないというようにそろそろ歩いていたが、男達はそれを見つけて近寄ってきた。そしてまた「赤い男を見てないか!?」と問いかけてくる。
赤い男という意味がわからず、レイア達が首を傾げていると、男達は「あっ」と叫んだ。カノンのところだけ急に影ができる。カノンが振り向いて見上げると、そこには二メートルはあろうかという大男が立っていた。
その男は顔や体のところどころに赤い鱗がついている。それにその男は左腕が半分なかった。斬られていくらも経っていないのか、乱雑にまかれた包帯の下から血が滴っている。
「はあー、はあー」
男の息は荒かった。ぎりぎりと歯ぎしりした後、男は咆哮した。




