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カノン伝記  作者: 真喜兎
第一章 月夜の神
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3-1.逃亡

 カノンと双子の兄妹のラオとレイアは、薄暗い街の中を走っていた。双子は旅装束をしっかり着込み、カノンは軽鎧と剣を装備している。


 街の混乱はまだ収まらない。賊徒は荒々しくドアを破り、家の中に立てこもる人を襲う。カノンは街の中を走りながら、そんな賊徒を何名か退けた。


 戦っていると、少し前に商人からの依頼で盗賊退治に行った事を思い出す。その初陣の最中、手は震えたが、同時に母さんと一緒に戦えているんだと思えた事が、誇りと自信になった。


 カノンは背中に母さんがまだいてくれている気がして、その想いを抱えながら双子と共に街を走り抜けた。






 カノンに逃げるよう伝えた後のマクは、リックの元へ戻っていた。リックは道の横の瓦礫の中で横たわっていた。胸には深いダメージがある。マクはそっと体温が抜けていってしまったリックの頬に触れた。


「マク、来たのか」


 静かな声が後ろから聞こえた。聞き覚えのある声に、マクは振り向いて身構える。


「ディアンダ……!」


 建物の陰から出てきたその金髪の男は、花束を持ってそこに立っていた。


「久しぶりだな。少し老けたか?」


 ディアンダはゆっくり近づいてきて、花束をリックの胸の上に置いた。


「なんなんだ、おまえは……リックを殺したのはおまえではないのか」


 マクは顔を歪めて、ディアンダを睨みつける。


「……そうだ。おれが殺した」

「なら、離れろ! リックに近づくな!」


 ディアンダは反論もせず、言われた通り少し距離を取った。


「おれはおまえを殺したいぞ、ディアンダ」

「そうか……おれもおまえにはやきもちを焼いていたぞ。おれの妻と子供をおまえは盗ったんだからな」


 そう言うディアンダだったが、その顔からマクに対する怒りは感じられない。まるで久しぶりに会った友人を見るような表情だ。マクはそんなディアンダに苛立ちを感じた。


「なら殺しに来い! おれはおまえと戦う!」

「マク……おまえの弱点は優しすぎる所だ。おれなんか問答無用で殺しにくればいいのに」

「おれはおまえも優しい奴だと思っていた……!」


 マクは腰につけた小さな袋から、指ぬきと糸でつながった小さな魔石をいくつかとりだし、それを頭上に浮かせて構える。


「買いかぶり……だったな」


 ディアンダも手を前に出し、魔石を浮かせた。






 カノンと双子は街の北にある山に入っていた。


「なあ、どこに向かってるんだ?」


 カノンは双子に尋ねる。


「この山を越えると、ぼく達の故郷、げんの国があります。とりあえずはぼく達の実家に身を寄せるつもりです。マク様にもそう伝えてあります」

「そうか……わかった」


 カノンは少しほっとした。マクを一人置いてきてしまった事を後悔していたのだ。だが行き先が伝えられているのなら、また再び会う事ができる。


「もう暗くて歩くのは危ないわ。追手も来ないでしょうし、休む所を探しましょう」


 レイアがそう言うので、三人は道を外れ、川が流れている所まで来た。幸いにも月は明るく夜目が効く。河原に荷物を置き、薪になりそうな木の枝を集め、焚火を作った。


「……わたしちょっと水浴びしてもいいかな?」


 季節は冬に入りかけていたが、戦い、走ってきた事で汗をかいていた。


「暗いですが、大丈夫ですか?」


 レイアが立ち上がったカノンを見上げて聞く。


「うん」

「あ、じゃあぼくは向こうの木の後ろにいときます」


 ラオが木の後ろに隠れると、カノンは服を脱ぎ、水浴びを始めた。水はかなり冷たかったが、それでも体を水に浸した。汗をかいたというだけでなく、今日の出来事を洗い流してしまいたい気持ちに駆られていたのだ。


 ばしゃばしゃと顔を洗い、水から顔を上げた時だ。カノンはふとラオとレイア以外の気配を感じて、闇の中に目をこらした。闇の中から背の高い影が近づいてくる。その頭には二本の大角が生えていた。明らかに魔人だ。カノンは半分水に浸かりながらも身構えた。


「誰だ、おまえは!」


 ラオとレイアはカノンの声で、近づいてきた影に気づいた。その影は歩みを止める事なくゆっくりと近づいてくる。


「水の妖精か。確か昔話でそんな話があったな」


 若い男の声だった。カノンは慎重に岸まで歩いていく。岸に上がったカノンに、レイアはタオルをかけ、その姿を隠すようにカノンの前に立つ。


「おまえ達、食べるものは持ってるか?」

「は? え、ありますけど……」


 身構えていたレイアは、予想外の言葉に面食らいながらも頷く。


「よかった。少し分けてくれないか。腹が減った」


 大角の青年は焚火を前に座り、渡された食料を「どうも」と言って頬張る。青年はいかつい角こそ生えているものの、性格は柔和なようだった。顔立ちも端正な優男だ。


「おまえ達、双子か?」

「はい。そうですけど……」

「そうか。わたしにも双子の弟がいるんだ。同じだな」


 大角の青年はにこっと笑う。その屈託のない笑顔を見て、緊張感のない人だな、と三人は思った。警戒しているのがバカらしくなってくるくらいだ。


「わたしはローカスと言う。おまえ達、名は?」

「ぼくはラオです」

「わたしはレイア。こちらはカ……カレンです」

「カレン……そうか。カノンという女を探していたのだがな。おまえではなかったか」


 レイアはとっさに名前を隠してよかったと思った。マクが逃げろと言っていたのは、やはりカノンに追手がかかるかもしれない事を予感していたからなのだ。


「どうしてカノンという方を探しているのですか?」

「探しているのはわたしではない。わたしの友人だ。カノンという女が、この山の()に向かっていくかもしれないから、いたら足止めしておけと言われていたのだ」

「そ、そうなのですか」

「おまえ達はどこに向かっているんだ?」

「えと、わたし達はこの山を越えて、()に向かおうかと思っていたところです」

「ふーん、そうなのか」


 この男が間の抜けた男でよかった、とラオは思った。用心深い男なら、名前や行き先をごまかしたとしても、拘束されていたはずだ。


「もう暗くて人探しも無理だし、わたしもここで一緒に寝かせてもらってもいいかな?」


 断るのに適当な理由もない。ラオとレイアは「え、ええ、どうぞ」と二人そろって返事する。


「ハハハ、さすが双子だな。息がぴったりだ」


 と、ローカスは笑った。


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