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カノン伝記  作者: 真喜兎
第三章 青空を映す神
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29-1.憎悪

 短い金色の髪をした男が、何か袋を持って歩いてくる。男はにこにこ笑いながら、ラガーナとギネスに声をかけた。


「よお、久しぶりだな!」

「イースター……」


 ラガーナはその左頬に傷のある男の名を呼ぶ。イースターの手は今まさに何かを殺してきた後のように、真っ赤に染まっていた。ラガーナもギネスも、とてもじゃないがイースターのようににこにこと挨拶はできない。言葉にはできないこの男の異様さに、いつも緊張を解く事ができないのだ。


「今日もおまえ達に飯を奢ってやろうと思ってな。今狩ってきたばかりだ」


 イースターはそう言って待ち合わせ場所にしておいた飲食店の中へ入っていく。


「おやじ! これを料理してくれ!」


 イースターは店の主人に持っていた袋を渡す。主人は血の滲んだ袋を覗き込む。


「なんです、これ?」

「ん~、イノシシの心臓だ。おれはあまり料理は得意じゃないんでな。どうにかうまく調理してくれ」

「はいはい、それではしばらくお待ちください」


 店の主人が調理場に入っていくと、イースターは手を洗って丸テーブルに座り、ラガーナとギネスも続いて座った。イースターは二人の近況や最近の情勢の話を聞きたがった。レンベルトの町で反乱があり、ウォートン公爵家が処刑されたと聞くと、「へえ」と目を丸くする。


「ウォートン公爵と言えば、確か紅貴人の末裔が嫁いだところだな。名前はクリスティーナとか言ったか。紅貴人もとうとう滅んだか?」

「ああ、いや。その子供は決起軍のアルフェルトってやつが懇願して、処刑は免れたみたいだぜ。そのままそいつが育てるとかいう話になってたな」


 イースターは「そうなのか」と相槌を打つ。


「また新聞を読み漁らねえとなあ。僅かな時の間にもいろいろな事件が起こっていておもしろいぜ」


 話している内に料理が運ばれてきて、三人の前に置かれた。イースターは二人に食べるように促してから、紙とペンを取り出してラガーナとギネスの名前を記す。


「この前の食事はどうだった?」

「その後に何か体の変化を感じる事があったか?」

「力は全盛期のままだと感じるか?」


 イースターは質問を繰り返してはその答えを書いていく。ラガーナはそれを見て呟く。


「いつも思うけどあなた、字がきれいよね」


 褒めるつもりで言ったわけではない。ただ意外なのだ。この粗雑そうな男にそれだけの素養があるのが。


「おれは字には自信があるんだ」


 イースターは本当に嬉しいのか邪気のない笑顔を見せる。ラガーナはふと魔帝ディアンダの事を考えた。ディアンダが笑ったところなど見た事はないが、笑うとこんな感じなのかしらと思う。なぜそう思ったのかと言うと、この男もディアンダと同じ金髪金眼だからだ。ディアンダほどきれいな金髪ではないが、それでも髪を伸ばせばちょっと似ているかもしれないと思う。


 ラガーナがディアンダの事を思い出したのと同時に、イースターもディアンダの事を聞いてきた。


「ラガーナ、あのガキ……ディアンダの様子はどうだ? 何か変わった事は?」

「ないわ。どうしてあなたディアンダは呼び出さないの?」


 イースターは心底嫌そうに顔をしかめる。


「おれはなあ、あいつには腹が立つんだ。いつも陰気くさい顔しやがって。一度はぶっ殺してやろうかとも思ったが、気持ち悪くなってやめたぜ。あいつなんざおれの敵にはなりえねえ」

「気持ち悪い、か? おれはあいつ割と好きだけどなあ。つえーけどそれを鼻にかけないし」


 ギネスは酒で料理を流し込みながら、呑気に口を挟む。イースターは「あいつが強いだと?」と鼻で笑う。ラガーナは首を傾げた。


「じゃあどうしてそんなにディアンダの事を気にするの?」

「あいつも邪法を行ってるはずだ。だからその経過をおれは知りたいんだよ」

「邪法?」


 ラガーナが再び首を傾げると、イースターは首を振る。


「喋りすぎちまったな。気にするな」

「気にするなって言われても」


 ラガーナが粘ると、イースターはどう話したものかと頭を捻らす。


「邪法には拒否反応を示すやつが多いんだよなあ。おれから逃げようとしやがるし、面倒だから詳しい事は教える気はない。まあおまえなら長いから薄々は勘づいているのかもしれないがな」


 ラガーナは少し身震いした。ラガーナの見た目はまだ二十代くらいのように見えるが、実は五十を超えている。ギネスはまだ二十代だから分かっていないかもしれないが、邪法とは恐らくこの若さを保つものなのだ。


(わたしは一体何を食べさせられているんだろう)


 それ以上追求もできずに食事を終え、イースターがにこにこと笑いながら、「またな」と言って去っていくのを見送った。






 ギネスとも別れたラガーナは帰り道で川に差し掛かった。橋を渡ろうとした時、川の上に浮くようにして立っている女の姿を見つけた。ラガーナは眉をひそめてその女を見る。


――ハハ、やっぱりあんた、あたしの姿が見えるんだね――


「……幽霊なんて見える体質じゃなかったと思うんだけど」


 ラガーナの呟きにその女はくくくっと笑う。


――あたしは幽霊とは違うさ。死んじゃいないからね。あたしは青空を映す神と呼ばれてる。本当の名前は――


 青空を映す神の唇が動くが、ラガーナは聞き取れない。


「聞こえないわ」


 青空を映す神は長い髪をじれったそうにぶんぶんと振る。


――やっぱり本当の名前は伝わらないか。まあいいさ。あんた邪法が長いだろう? と言っても邪法もどきだけどね。イースターが実験してるのをあたしは見てたんだ。あの男、せっかちなくせに変なとこで悠長なんだ――


「……いったい何の用なの?」


 ラガーナは青空を映す神が自分に接触してきた意図が分からず、腕の筋肉を膨らませる準備だけはしておいて問いかける。青空を映す神はにっと笑った。


――情報交換、といこうじゃないか――


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