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カノン伝記  作者: 真喜兎
第三章 青空を映す神
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28-2.別れ

 馬車の準備をしている豹の元へ、ラガーナの部下の女性が現れていた。公爵家の屋敷で口説いていた女性だ。女性は豹を見つけると大げさに手を振り、嬉しそうに近づいてくる。


「豹! よかった! 会えた!」


 女性がぐいぐい距離を詰めてくるので、豹は愛想笑いを浮かべながらもたじたじとなっている。女性は豹が旅支度をしている様子を見つめる。


「出かける、いや、町を出るのか?」

「ああ、故郷の月国地方に帰ろうとしているところだ」

「そうか……そうだな! この町は危ないしな! これ! わたし達と連絡を取る手段だ! ケイ宛てに出してくれ! そしたらわたしに届くからな!」

「あ、ああ、ありがとう、ケイ」


 ケイは宛先の書かれた紙を半ば強引に豹の手に押しつける。そしてからもじもじと体をくねらせた。


「あの……豹は、またわたしに会えて嬉しいか……?」


 豹はこの場をやり過ごす事だけを考えて、「もちろん」とにっこり笑う。ケイはぱあっと顔を輝かせると、来た時のように大きく手を振りながら「また会おうな!」と言って走っていった。


 その様子をちょうど入れ替わりになるように来た鷹常がじとっとした目で見ていた。いや、鷹常はいつもそんな目つきなので何を考えているのか分からないのだが、豹は慌てて弁明した。


 豹の言葉を無表情で聞いていた鷹常だが、さっきの女性が魔族五強、大腕のラガーナの部下で、その連絡先を手に入れたという事を聞くと、目を輝かせた。豹の手をぎゅっと握ってにっこり微笑む。


「豹、あなたはよくやりました。その女性とは懇意にしておくのですよ」

「え? は、はい」


 滅多に見る事のない鷹常の笑顔にどぎまぎして思わず豹は頷く。鷹常が離れた後、残った手の温もりを確かめるように拳をぎゅっと握るが、またケイの相手をしなければいけない事を思い出してため息をついた。






 弦の国にはラオ、豹、けやきの三人が帰る事になった。豹はまだ国に帰らないという鷹常の側にいたがったが、鷹常からいくつかの命令を受けると渋々「御意」と答えた。それから見送ろうとしている弟の獅子の肩を掴むと、「鷹常様を頼むぞ」と念入りに言った。


「おれは肝心な時に役に立たないが……」


 獅子は以前、鷹常が谷に落ちそうになったのを思い出して肩を落とす。


「獅子、おまえなら大丈夫だ。がんばれ!」


 豹は必死で獅子を励まし、最後に「鷹常様には惚れるなよ」と言い足した。


「兄者は時々真面目なのかふざけているのか分からなくなるな」

「おれは真剣だ」


 獅子は「そうなのか?」と言ってから、拳を突き合わせて別れの挨拶をした。






 けやきはいつもの眉を八の字にした困り顔で、名残惜しそうに鷹常やカノンを見つめる。


「姉上……」


 心配そうな顔をするけやきに鷹常は優しげに微笑む。


「あなたの事は豹に頼んであります。弦の国で存在を認めてもらい、地位を得られるよう勉学に励むのです。期待していますよ、けやき」

「は、はい、姉上」


 けやきは鷹常が少し変わったと思った。以前までの鷹常はどこかへ消えていってしまいそうな儚さがあった。でも今は何か目指すものを見つけたかのような力強さがその目にある。けやきはそんな姉の役に立てる人間にならねばと、改めて決意を固めた。


 それからけやきはまた別の心配そうな顔でカノンを見る。カノンには鷹常とは違う危うさを最初から感じていた。そして今はさらに不安定になっていると思ったが、ろくな言葉はかけられないでいた。けやきににこっと笑うカノンの笑顔はやはり心許ない気がする。


「体に気をつけてください……」


 何か言ってあげたかったが月並みな言葉しか出てこなくて、結局ただ頭を下げるだけにとどまった。






 鷹常とカノンに早々に挨拶を終えたラオは、幌のついた馬車の中に倒れこむように横になった。できるだけ平気な振りをしていたが、まだまだ傷は痛む。脂汗をかきながら少しだけ体を起こすと、鞄を漁り、薬を取り出して口に放り込んだ。そして馬車の中に顔をのぞかせたレイアに「水取って」と頼む。


 レイアは馬車の中に入り込んで水を取ってあげた。ラオは水を飲んだ後また倒れこんで、腕を頭に乗せる。そして隣に座ったレイアに「何?」と聞くと、レイアは「大丈夫?」と聞き返す。


「ダメ、ムリ。限界」

「フフ、本当に無理そうね」


 ラオの弱音にレイアはちょっと笑いながらも涙を浮かべる。ハンカチを取り出し、ラオの首元の汗を拭ってあげる。


「旅の途中で死なないでよ、ラオ」

「死なないよ」


 ラオは辛いのか、レイアの前だからなのか、ちょっとぶっきらぼうに答える。レイアは無理しないでねとか、薬はちゃんと飲んでねとか声をかけていたが、少し間を置いて一つ聞いた。


「カノン様との事はもういいの?」


 ラオは腕で目を覆ったまま、ぼそっと答える。


「自分を斬った女なんかと付き合えるわけないだろ」

「そう……ね」


 レイアはまた無理しないでとか、養生してねとかいう言葉をかけて、ようやく馬車の外に出た。






 ラオ達の乗せた馬車を見送る。カノンは心の中でラオにさよならを言った。


 カノン、鷹常、レイアは歩きで南を目指す。女の子だけの旅は危険なので、鷹常、レイアはお遍路さんのような格好をしている。それならよほどの事がない限り、変な者は絡んでこないはずだ。カノンはいつものように軽鎧に剣を下げた格好だ。獅子は少し離れているが、何かあったら今度こそは間に合うように、見える距離で歩いている。


 レイアは数歩歩きだした後、また馬車の行った方向を見た。「ラオ、死なないで」と何度も念じる。そしてからほんの少しだけ思う。


「どんなでも好きでいてほしかったなんて、女のエゴなのかしらね」


 カノンが義妹になる夢が破れたのを感じながら、レイアは小走りでカノン達の後を追った。


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― 新着の感想 ―
心底軽蔑した。やっぱり、生半可な気持ちで手を出したんだね。そうだよね。そもそもカノンより弱いもんねラオ。明確な人生設計とか無さそうだなぁとは思ってたよ。ハオの方が大人だった。ちゃんと告白してたし、気持…
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