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カノン伝記  作者: 真喜兎
第三章 青空を映す神
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27-2.一夜明けて

 一人、一人と首が落ちていく。日は傾き雨が降り始めてきているというのに、広場の熱気は熱くなっていくばかりだった。


「いやあああ、いやあああ」


 順番が近くなってくるたびにクリスティーナは悲鳴を上げる。そしてとうとうその順番になって必死に抵抗した。


「カノン! 助けて! カノン、カノン、お願い!」


 公爵夫人の悲痛な叫びは空に消えていった。ラガーナとギネスはどちらからともなく背を向けて別々の方向に歩いていった。






 カノンはふらふらと暗くなった街中を歩いていた。ラオの運ばれた場所へ行こうと思ったが、よく考えればカノンはラオ達が滞在している場所を知らない。宿の名前は聞いているが、それを尋ねようにも人通りはない。それで目的もなく歩いていく。


 雨はこの町に来た時のようなひどい土砂降りになってきた。その時クリスティーナに出会った事を思い出す。あの誘いに乗らなければ自分はラオを傷つける事はなかったのだろうか。それともさっさと親衛隊を辞めていれば? いろいろな後悔が押し寄せてきて、カノンの視界を曇らす。


 気づけば前から歩いてくる人にぶつかりそうになっていた。その人は百九十半ばはあろうかという長身で、長い銀髪を垂らした魔人の男だ。年齢は恐らく二十代くらいで傘を差して通りを歩いていた。


「あれ? おまえ……」


 男はカノンを見ると何か言っていたが、カノンは俯いたまま聞いていなかった。そのまま横を通り過ぎようとする。男はそんなカノンを呼び止めた。


「ずぶ濡れでどうした? どこか行くなら傘に入れてやるよ」

「どこに行けばいいか分からない……」


 カノンはそう言った瞬間、また涙が溢れてきた。


「わたしは何のために剣を握っていたんだ? 何のために母さんを追いかけていたんだ」


 顔を覆いながら言ったその呟きは雨の音にかき消されていたが、男はカノンが涙を流しているのに気づいたようだった。


「主人が死んだのがショックだったんだな。とにかくおれが泊っている宿に来るか? おかみさんに言えば着替えくらいくれるだろう」


 カノンはまだクリスティーナ達が死んだのを知らない。だから男の言葉も理解できずただ聞き流していた。男は動かないカノンを見て少し困ったように肩に手を置いた。


「ほら、来いよ。悪いようにはしないから安心しろ」


 優しくかけられる言葉にカノンは号泣しだす。誰であれ今は誰かに縋って泣きたかった。男はカノンが落ち着くまで黙って立ってくれていた。






「キルサノフ様。どうしたんですか、この子」


 キルサノフと呼ばれた男は、おかみさんにこの子を着替えさせてやってくれと頼んだ。


「そういや名前も知らねえな。名前は言えるか?」

「……カノン・リタリア」


 カノンが答えると、キルサノフは優しく頭を撫ぜる。


「カノンか、カノン。おれの部屋使っていいからな。着替えて飯食ったら休め」


 カノンはこくんと頷く。子供扱いされているのが分かったが、今はその優しさに甘えていた。


 カノンはその日はそこで過ごした。朝になっておかみさんが様子を見に来てくれた。少し冷静になれたカノンは昨日の男性に礼を言いたいとおかみさんに伝える。


「キルサノフ様なら朝早くお発ちになりましたよ」

「そう……ですか」


 宿代はもらってあるから、もう一日ゆっくりしていてもいいとおかみさんは言った。カノンはキルサノフの顔もまともに見ていなかったことを思い出して自己嫌悪したが、まだ少しだけキルサノフの親切に甘えていることにした。






 キルサノフはいつものように長い銀髪を高い位置で結んだ。


「これが今回の報酬です。お確かめください」


 キルサノフは金を確かめるとそれを懐にしまう。


「本当はもう少し用心棒をしてもらいたかったんですが」


 キルサノフの雇い主だった男は名残惜しそうに言う。


「悪いな、おれの方も予定が入ったんだ。まあまた何かあったら呼んでくれ」


 キルサノフが背を向けて歩いていくと、どこからか十代前半くらいの少年と少女が現れてその後ろをついていく。


紫竹(しちく)紫野(むらさきの)、おまえ達の引き取り先も探さねえとなあ」


 二人は同時にふるふると首を振る。この二人は以前賊徒に襲われたクルド王国で、キルサノフが拾った子達だ。親を殺された二人は、最初賊徒の一味だったキルサノフを(かたき)と憎み、子供ながらにキルサノフを暗殺しようと、旅をするキルサノフの後をつけていた。しかしやがてキルサノフがわざと食料を残しておいてくれたり、二人が追いついてくるのを待ってくれていたりするのに気づいていく。紫野の体調が悪くなった時には、紫野を抱き上げて医者の所まで運んでくれた。


 二人はいつの間にかキルサノフと一緒に食事を取るようにまでなっていた。二人は元々口が重いのか、滅多に喋らない。それでもキルサノフはにこにことして二人に話しかける。二人はまだ親を殺された恨みから解放されていないが、それでもキルサノフを憎む気持ちはなくなってきていた。


「わたし達は、ギネス様と、一緒にいたい」


 時折は喋る妹の紫野が、ぽつぽつと喋る。耳を澄ませなければ聞こえないような声に、キルサノフは困ったように、でも少し嬉しそうに笑う。


「故郷に残してきた弟達を思い出すなあ。あいつらもおれから離れなかったな」

「……、……」

「んん? なんだって?」


 紫野より年上だが、さらに口の重い兄の紫竹の声は、なおも聞き取りづらい。紫野が代わりに言葉を伝える。


「役にたつから、連れていって、ほしい、って」

「ハハ、そうか。しかたねえなあ」


 ギネス・キルサノフは二人に歩調を合わせながら歩いていった。






 鷹常はアルバイトをしている宿の部屋を回り、各部屋の洗濯物を集めていく。いくつめかの部屋に入った時、カノンがいるのに驚いた。カノンの方はあまり驚きもせず、たどたどしい笑顔で鷹常の名を呼んだ。


 カノンは鷹常から話を聞いて、クリスティーナ達が処刑された事を聞いた。情緒不安定になっているカノンは、「そうか」と小さく言って涙を流した。


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