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カノン伝記  作者: 真喜兎
第三章 青空を映す神
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27-1.一夜明けて

「早く早く。もうすぐそこまで来ている!」


 二階の大広間の奥で、隠し扉を開こうとしてウォートン公爵と大旦那夫妻が手間取っている。クリスティーナは(くる)みに包んだ小さなアルヴィンを抱えながら、不安そうに何度も入り口側を振り返っていた。クリスティーナの親衛隊も二名ついているが、勝手の分からない扉を開けるのを手伝おうとして余計に手間取っている。


 あまりにも時間がかかっているので、クリスティーナもパニックになってきていた。人の吠える声が外から聞こえるたびに体を震わせ、「まだなんですの!?」と叫ぶ。


 カノンがクリスティーナの元へ駆けつけたのは、決起集団の者がクリスティーナ達を見つけたのとほぼ同時だった。カノンが入ってきたのと別の入り口で「見つけたぞ!」と叫んでいる集団の中にはアルフェルトもいた。ただカノンはアルフェルトの顔を知らない。カノンはクリスティーナ達を守るため戦おうと剣を握る。


 その時ちょうどラオもそこに辿り着こうとしていた。興奮したアルフェルトが先陣切って、公爵達に近づこうとしているのが見えた。


「いやああああ!!」


 近づいてくるアルフェルト達を恐れて、クリスティーナの悲鳴が上がる。クリスティーナはとっさに持っていたものを投げていた。






 いくら小さなものとは言え、非力なクリスティーナのどこにそんな力があったのかと思うほどそれはまっすぐアルフェルトの前へ飛んでいく。アルフェルトは反射的にそれを振り払った。「キャンッ」と声がしてそれは地面に転がっていく。


 アルフェルトは最初それは犬か猫が鳴いた声だと思った。だが転がった白い布からほんとに小さな小さな手が出ているのが見えた。


「貴様あああ!!」


 激昂したカノンの声と重なるように、「ぎゃああああん!」という鳴き声が響く。それはどちらもアルフェルトを混乱させた。ラオもそれを目撃していた。


「違う、その人はそんな事するつもりだったんじゃない」


 怒りの形相でアルフェルトに詰め寄ろうとしているカノンを見て、アルフェルトを庇う言葉を口にしようとしたが、さすがに声にはできなかった。アルフェルトはカノンと後ろに響く泣き声から逃げるように広間を飛び出す。


 アルフェルトは逃げに逃げた。屋敷を飛び出し、広い庭を抜け、丘の坂道を登る。カノンは怒り治まらずそれをずっと追っていた。ラオも二人を追っていた。


 丘の上の林まで来ると、アルフェルトは息切れして立ち止まる。気持ちは混乱したままだが、追ってくる者と戦おうと剣を構える。


 カノンはアルフェルトが戦う姿勢を見せた事に、ますます頭に血を上らせた。カノンにとってその男は完全に敵だった。カノンは剣を振りかぶってアルフェルトに襲いかかる。


 二人の間に割って入ってきた影があった。カノンは一瞬でそれが誰か分かった。剣を握る力を弱めたものの、振り下ろす勢いまでは止める事ができなかった。血しぶきが飛んだ。






「ラ、ラオ」


 カノンとアルフェルトが同時にラオの名を呼んだ。ラオはアルフェルトにもたれる形になってずるずると座り込んだ。肩から切り下ろされたラオは痛みに耐えかねるように唸る。


 息はある。斬る直前に力を弱めたせいか、それほど傷は深くならずに済んだようだ。カノンは僅かな安堵と共に目に涙が溜まる。


 カノンよりはまだ冷静なアルフェルトはラオの傷を急いで確認して、傷口に持っていたボロ布を当てる。


「大丈夫、きっと大丈夫だ。すぐに医者に連れてってやるからな」


 ラオは朦朧とする意識の中でも、カノンを見る。そしてたどたどしく喋る。


「カノン、この人も子供がいるんだ。だから違う。傷つけるつもりなんてなかった」


 ラオの声は掠れていて聞き取りづらかったが、言ったのはそんな内容だった。


 こんな時まで人の心配か!? おれの事より自分の事を心配しろ! カノンの心の声と同じ事をアルフェルトが叫んだ。アルフェルトはカノンには構わず仲間を呼び、担架を持ってこさせてラオを運んだ。カノンはその間ずっとただ見ていた。そしてラオが運ばれていった後もその場から動けなかった。


「はあー、はあー」


 気づけば荒く息をしていた。胸が締めつけられる。涙がぼとぼと地面に落ちていく。叫びたかったのに声が出ない。ラオを斬った。傷つけた。その事実を改めて認識した時、吐いていた。そして長い間そこから動けなかった。






 日暮れ近くになって、捕らえられた公爵家の者達は広場に連れ出されていた。そこにはいつの間に用意されていたのか、処刑道具のギロチンが鈍く刃を光らせていた。それを見た公爵家の者達は悲鳴を上げ、縄で繋がれた腕をもがかせる。


 ラガーナがその公開処刑をぶち壊そうと遠くから岩を投げようとするが、それはラガーナを警戒していたギネスによって止められた。ラガーナが鷲掴みにしている岩を、ギネスが全身で止める。


「勝敗は決したろ? もうあんたの出る幕じゃないぜ」


 ラガーナの膂力を、汗を流し、歯を食いしばらせながら抑え込む。ラガーナは少し顔をしかめた後、岩をグイっとギネスごと上に持ち上げた。


「おいおい、嘘だろ」


 ギネスが冷や汗をかいている間に、ラガーナは岩を下に叩きつけるように落とした。長身のギネスの体がバウンドするように跳ねて地面に転がる。


「いってー」


 ギネスは打ち付けたところをさする。ラガーナは悔しそうに顔を歪めていた。


「あたしの判断ミスだわ。反乱軍の動きがこれほど早いとは思わなかった。もう少し時間があれば兵隊ももっと集められたのに」


 ギネスは何も言わずに服についた埃を払う。空は雲行きが怪しくなっていた。ギネスはラガーナの腕に巻かれた包帯を見る。


「それおれがつけた傷だろ? 悪かったな」

「敵同士だったんだからしかたないでしょ。あたしは謝らないわよ」

「ハハ、じゃあおれも撤回しとく」


 ラガーナは静かに広場を見つめ、少ししてから口を開いた。


「左頬に傷のある男から伝言よ。一週間後、会って食事でもしようですって」

「そうか。こえーお誘いだな」


 ギネスは頭を掻いて、笑顔なく答えた。


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― 新着の感想 ―
自分の子供よくも投げれるわ。流石、自己中極まれり公爵夫人
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