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カノン伝記  作者: 真喜兎
第三章 青空を映す神
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26-1.カノンとラオの一夜

 窓から飛び込み、その前で座り込んでいたラオはカノンに促されて立ち上がった。そして部屋の中にある椅子のところまで歩いていく。カノンはその立ち姿を眺めて、椅子に座る前に口を開く。


「なんだかラオ、がっちりした気がするな」

「そうですか? 建築現場で働いていますから、ちょっと筋肉がついてきたのかな?」

「ハハ、ラオが肉体労働なんて似合わないと思ってたんだけどな」


 ラオは「ぼくもです」と笑った。ラオはカノンとテーブルを挟んで座った。久しぶりに会えて嬉しいのか、カノンの表情は緩んでいる。しばらくお互いの近況を報告しあって談笑していた。


 カノンは公爵夫人の手によるものなのか、髪と肌に艶が出て可愛くなっている気がする。ラオはそれを嬉しく思いながら一通り話し終えると、ここに来た本題を切り出した。


「決起軍の事なんですが……彼らはどうやらこの屋敷を襲撃しようとしているようです」


 それを聞いたカノンは眉をひそめた。公爵家がどういう風に領民に接しているのか分からないが、カノンにとってはよくしてくれる人達だ。公爵家に雇われている以上、カノンが当然戦うつもりでいると、ラオは椅子を寄せてカノンに近づく。そしてまたさっきのようにカノンの手を取る。


 女の子の手にしては少し大きく固い。カノンが常に剣の腕を磨いているのが分かる。


「カノン」


 ラオもレイアも今は普通の旅人を装うため、カノンを様付けで呼んでいない。ラオはカノンを見つめる。


「もうこの町を出ませんか? この町は危険です。ぼく達が関わる必要もない」


 カノンはちょっと困った顔をする。確かにクリスティーナの親衛隊をずっと続けている気はないが、今のタイミングで辞める事はクリスティーナ達公爵家の者を見捨てていけと言われているようなものだ。ラオはすぐにはうんと言えないカノンを粘り強く説得する。


 カノンはラオの言葉を聞きながら思案した後、「わかった、わかったよ」と根負けしたように言った。


「確かにわたしが深く関わるような事じゃないもんな。クリスティーナ様と生まれたばかりのアルヴィン様の事は心配だが、反乱軍もまさかか弱い婦女子に手を出すような事はしないだろうしな」

「ええ、そう思いますよ」


 ラオは一つ目の本題を話し終えて、ようやく安堵した。






 豹は腕を壁に寄りかからせたまま、ラガーナの部下の女性を口説いていた。ショートカットでいかにも男勝りという感じの女性だ。もちろんその女性を本気で口説いているわけではない。ラオの立てた物音から女性の気がそれたのが分かるとさっさと立ち去ってしまいたかったが、女性は豹にぽーっとなってしまっていてなかなか話を終わらせられないでいた。


 豹の家系、真葛(さねかずら)家はきりっとした眉と真っ直ぐな黒髪が特徴の美形が多い。豹も猫萩(ねこはぎ)という叔父にそっくりな顔立ちの美形だ。実際、豹は故郷の国でも女性に声をかけられる事が多かった。そのため女性のあしらい方に慣れてはいるが、今の場合逆にそれがますます女性の熱を上げさせていた。


 ヒュイっと高く短い音が鳴って、弟の獅子が呼んでいるのが分かる。豹は仕方なく女性の顔に自分の顔を近づけた。


「名残惜しいがおれはもう行かなければ。さよなら、かわいい人」


 歯の浮くような台詞と共に女性の頬にキスをする。女性はそんな風に男性に扱われた事がないのだろう。完全にぼーっとなって、去っていく豹の背中をずっと見送っていた。


「兄者があんなに軽薄な事をするとは驚きだな」


 獅子は合流した豹の顔を見るなり言う。特に批判するとかいう風ではなく、兄の意外な一面に純粋に驚いた感じだ。


「おまえ、見ていたなら助けろよ」

「あそこでおれが出ていったら変だろう」


 豹と獅子は軽く言いあうと、今度は真剣な顔で声を潜める。


「それでどうした?」


 獅子は広い庭を抜けて、町が見える場所へ豹を連れていく。夜なのでもう町は静まり返っているのだが、よく見ると暗がりに人が数名動いている。


「不穏な感じだ。もしかしたら夜明けには屋敷を襲撃するつもりなのかも」

「アルフェルトからは何も聞いていないが……だがよそ者のおれ達に知らせていないのも納得はできるな」

「ラオにどう知らせる?」


 獅子の言葉に豹は少し頭をひねらす。


「朝帰りすると思うか?」

「いきなりそれはないだろう」

「そうか? こんなチャンス……」


 豹の台詞を遮るように、パアンっと町中から音が響く。誰かが間違って爆竹を鳴らしたのか、少しざわついた声が聞こえた後にまた静かになる。代わりに屋敷の方で人が出てきて何やら話し合った後、何名かが町に様子を見に行った。


「軽口を叩いている場合じゃないな」

「おれはずっと真面目に話しているぞ。兄者が危機感が足りないんじゃないか?」

「おれはラオにチャンスをやりたいんだよ」


「そうか」と獅子は真面目に考える。


「とりあえず今動くのは目立つし、数刻は様子を見れるんじゃないか」

「まあそうだな。しかしこうなるとカノンとかいう子も一緒に脱出させなきゃいけなくなるな。公爵家への不義理を容認する子か?」

「おれもあまり話した事があるわけじゃないが……厳しいんじゃないかな……」

「やれやれだな」


 しばらくすれば公爵家も静かになるかと思ったが、護衛が多く入っているのか朝方まで警備の人数が増えたままだった。屋敷の庭の隅で交代で休んでいた豹と獅子は、決起集団の雄叫びを聞いて目を覚ました。






 ラオもカノンの部屋の窓からようやく明るくなってきた空の下の様子を窺う。


「まさかこのタイミングで……」


 ラオは振り返って、しかめ面であくびをかみ殺しているカノンを見る。まだ少し眠そうだが、カノンは着替え終わって装備を整えている。


「カノン、戦うつもり?」

「なるべく戦闘は避けるよ。クリスティーナ様達を安全なところに逃がしたらわたしも逃げる。ラオはけやきを頼めるか? 使用人部屋にいるはずだ」


 ラオは思うようにカノンを連れ出せない展開に頭が痛いと思いながらも、仕方なく「わかったよ」と答えた。


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― 新着の感想 ―
緊急時に逢い引きするようなお花畑お姫様にはピッタリだと思います。是非そのまま二人で国にお戻り遊ばせ。 てそっちはどうでもいいけど、主人公とラオはこれどうなったの?描写がちょっと判別つかないな。夫婦で…
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