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カノン伝記  作者: 真喜兎
第三章 青空を映す神
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25-2.忍びこむ

 ラオが公爵家へ忍びこんでカノンに想いを告げたいという話をすると、(ひょう)が異様に食いついた。自身も鷹常に伝えきれないもどかしい気持ちを抱いているため、ラオの気持ちに強く共感したようだった。


 普段の規律を重んじる兄者ならこんな話聞かないのに、と弟の獅子は思いながらも、豹が乗り気なのでラオの話を聞いている。


「屋敷図は手に入れているのだな?」

「ええ、けやきには危ない橋を渡らせてしまいましたが、無事入手してくれました」

「同じものを決起軍にも渡しているのだろう? よその町の事に深入りするとろくな事にならないぞ」

「ええ、分かってはいるんですが……」


 本来の身分差からすれば、ラオが豹達に敬語を使う必要はないはずだが、ラオはその話し方が癖のように話している。


「けやきの話ではこの二階の部屋にカノンはいると」

「現地を見てみない事には何とも言えないが、屋敷内から行くのは難しいだろうな。カギ縄を使ってよじ登るか」

「それほど身体能力に自信はないんだけど……」


 ラオは豹と話すのに慣れてきたのか少し敬語が取れてきている。頭を突き合わせながら話している二人の後ろから獅子も屋敷図を覗き込むと、カノンの部屋があるところの庭を指差した。


「ここ、この木から行けそうじゃないか? 枝がしっかりしていればだが」

「そうだな、窓に飛び移れればいけるかも」

「無茶苦茶言うね……」


 ラオが渋い顔をすると、豹は「ははは」と笑う。


「いいじゃないか。窓から会いに行くなんて、姫にお忍びの恋をした騎士のようだ」

「それあなたの事でしょう」


 ラオが突っ込むと、豹は「なんだ、ばれてるのか」と照れながらも笑う。三人のいる部屋の扉の向こうではレイアが話に耳を傾けていた。


「ラオがカノンを、ね」


 レイアはもちろん双子の妹としてラオの気持ちには気づいていた。しかしこんな強硬手段に出るほどの想いだとは思っていなかった。途端に自分も甘酸っぱい思いを感じて、顔が笑ってしまいそうになるのを抑える。


「うまく行くといいわね」


 レイアはそっとそう言って部屋から離れていった。






 部下と共に公爵家へ入った大腕のラガーナはクリスティーナの隣に控えているカノンを見て、目をぱちくりとさせていた。


「ディアンダ……? いえ、他人の空似ね。金髪金眼を見るとあいつに見えるなんて、あたし病気だわ」


 そう思いながらも、少し気になってラガーナはカノンの名を尋ねる。カノンは静かに視線を伏せながら名乗った。


「そう、カノン・リタリアと言うのね。あたしはラガーナ・エノンテキエ。ラガーナでいいわ」


 カノンは頷いた後、クリスティーナには聞こえないように距離を取ってラガーナに話しかける。


「ラガーナ、あなたは魔族五強だと聞きました。それなら魔帝を知っていますか?」

「ええ、聞いてない? あたしは魔帝の部下よ。あなた、魔帝に興味があるの?」

「はい……少し」

「……恨みでも?」


 ラガーナは部下だと言った瞬間、カノンの目が険しくなったのを見てすぐにその心情に気づいたようだった。カノンは思わず顔をしかめて目をそらす。


「やめた方がいいわよ? あいつは強い。そしてそれ以上に恐ろしい。あなたみたいなお嬢さんじゃまず会う事すらできないわ」

「……わからないんです」


 カノンがぽそっと言うとラガーナは首を傾げる。


「何が?」


 カノンは言葉を探すように視線を泳がせた。そしてクリスティーナが呼ぶ声が聞こえた頃にようやく小さく言った。


「恐れていればいいのか。恨み続けていればいいのか。目の前に現れれば戦ってやろうと思うのに、そうでなければどう思えばいいのか分からない」


 ラガーナは「そう」と答えながら、カノンの顔を見つめた。


「きっとあなたは気持ちの整理がついていないのね。でも悪い事は言わないわ。泣き寝入りなさい。あなたのためよ」

「それは……母さんを裏切る事になる……気がする」


 カノンの呟きはクリスティーナが再度呼ぶ声でかき消された。ラガーナは背を向けて歩いていく。代わりにクリスティーナが寄ってきて、カノンの腕を取る。


「何を話してらしたの? わたくし以外の人を見ては嫌よ」

「魔族五強に興味があっただけです。あとわたしはあなたの恋人じゃありませんよ」

「ふふふ、今はわたくしに雇われているのだから、あなたはわたくしのものですわ」


 カノンが仕方ないですね、という顔をすると、クリスティーナは楽しそうにくすくすと笑った。






 クリスティーナは赤ん坊の世話は主に乳母に任せているものの、まだ子供を産んだばかりで疲れやすかった。カノンはクリスティーナが寝入るまで彼女に付き添っている。そしてようやく一日の最後の仕事が終わると、伸びをしながら部屋に戻ってくる。部屋の明かりを一つだけ灯し、着替えようとした時だった。何か物音がした気がして窓の方を見る。窓の外には木に登った人影が見えた。


「ラオ!?」


 カノンは急いで窓を開ける。するとラオは少し枝から距離のある窓に飛び移ってきた。半分落ちそうになりながらもなんとか窓にかじりつく。


「あっぶないなあ!」


 カノンは思わず声を上げながら、ラオの袖を引っ張る。


「はは、ぼくも無茶と思いましたけどね」


 ラオ自身怖かったのか、少し声が上ずっている。ラオは部屋の中に転げ込むとようやく安心したというように息をついた。そして「どうしたんだ?」と尋ねるカノンの手を取り、「会いたかったんです」と答える。カノンの手を強めに握るが、豹のようにその手にキス……とまではいかなかった。


「ハハ、さすがにあの人の真似まではできないな」

「?」


 カノンは顔に疑問符を浮かべたが、ラオは「なんでもないです」と照れたように笑った。


 ラオが立てた不審な物音は、屋敷の周りを見回っていたラガーナの部下が聞きつけていた。その音がした方へ行こうとするその女性を、豹が壁に腕をついて止める。


「やあ、用心棒にこんな可愛らしい人がいるなんて気づかなかったな」


 豹は女性の格好を見て瞬時にそう判断したのだが、それは当たりだった。女性が「誰だ?」と首を傾げたところで、豹は「おれはただの使用人ですよ」と適当に答えた。


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― 新着の感想 ―
ハオにしろ、ラオにしろ、どっちでも誰でもいいけどカノンを守れるくらいの男になってから求婚しませんか、ちょっと脳内がピンクすぎると思いますぞ
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