25-1.忍びこむ
頭に二本の大角が生えた魔人、大角のローカスは、魔族五強の一人、鬼子セイラスと対峙していた。鬼子と言ってもセイラスは鬼人ではない。しかし幼少の頃から魔石を操るのに天才的な才能を見せ、十三歳の時に些細な事で感情を爆発させて自身が住んでいた村を壊滅させた事から、鬼子と呼ばれるようになった。
「おまえがっ、ディアンダのお気に入りなんて、許せないんだよ!」
セイラスは数百はあろうかという細かな魔石を、竜巻のようにぐるぐると回転させる。親からさえ恐れられたセイラスは、自分の魔力の暴走を抑え、仲間にしてくれたディアンダに心酔していた。強い力を持ち、それでいてどこか悲しい影があるディアンダの一番の理解者になりたいと思っていたし、何より頼りにしてほしかった。
一つの生き物のようにうねってくる魔石の粒を避けきれずに、ローカスは吹き飛ばされる。一つ一つの攻撃力は高くないが、それがまとまると打ち身では済まないパワーになる。ローカスは少し血を吐き膝をつく。
しかしローカスの目にはセイラスに対する敵意はなかった。大して面識もないこの子供に憐れみを感じるほどの感情は持ち合わせていないが、それでも憐れな子供だと思わざるを得ない。なぜならローカスにセイラス討伐を依頼してきたのはディアンダだからだ。
ディアンダはいずれ自分の脅威となるかもしれないセイラスを長く側に置くつもりはなかった。それにディアンダは青空を映す神とつながっていた。青空を映す神はセイラスの魔力を食いたがっていた。強い魔力を食えば、自分の存在の力が増す事を知っていた。
――くくく、悪いね、イースター。あたしは気まぐれで嘘つき。新天の神を殺るのはあたしさ――
青空を映す神は陰で笑う。
ローカスはセイラスの魔石の動きをじっと観察した。確かに数百もの魔石を操るセイラスの力は脅威だが、よく見ればそれはまとまりを持って動いており、それぞれが複雑な動きをしているわけではない。セイラスがさらに魔力を磨き、経験を積めばそれも可能になるのかもしれないが、その前の今ならローカスにも対抗のしようがある。
手加減はしてやれない。ローカスは魔石の力を高めて、一発逆転のチャンスを狙った。そしてローカスが鬼子セイラスを破った事が知られると、ローカスは魔族五強と言われるようになった。
レンベルトの町の決起はラオが思っているより過激なものだった。最初から話し合いなど念頭に置いていないかのように、ウォートン公爵家へ訪れようとする馬車が襲われる。当然公爵家の警備は厳しくなり、決起集団を探して兵隊が街をうろつくようになった。
そんな中、公爵夫人のクリスティーナは子供を産んだ。可愛らしい男の子だ。ウォートン公爵は町を総出で祝うため、記念品やお菓子を町の者に配る。ひゅー、ぽん、ぽんと花火まで上がる。まるでこれから来る嵐の前に、町が必死で楽しもうとしているようだった。
「魔族五強、銀狼のギネスが……!?」
いつものように酒場のカウンターに座って、ラオとアルフェルトが話している。
「ああ、どういう伝手か銀狼のギネスが参戦してくれる事になったんだと。銀狼ギネスがどれほどの強さの者か分からねえが、大きな戦力になるのは違いねえ」
ラオは顎に手を当てて考える。
「それって本格的な戦闘になりそうですね……」
「何を今さら。おれ達はそのつもりで戦ってるんだ」
思案顔のラオをよそに、アルフェルトはぐいっと酒をあおった。
同じく魔族五強に数えられている大腕のラガーナの元に、ウォートン公爵が来ていた。
「あなたが大腕のラガーナ……? 思っていたより……」
「頼りなさそう?」
ラガーナは柔らかく長い髪を耳にかける。ウォートン公爵は首を振った。
「いえ、お若いな、と。あなたの名はわたしが子供の頃から聞いていたような気がするので」
本当に大腕のラガーナなのか? と言いたげな公爵の前で、ラガーナは右腕を前へ出し筋肉操作をして見せる。その腕は瞬時に三倍ほどの厚さに膨らんだ。その力を目の当たりにした公爵は、ラガーナが本物だと了解したと言うようにこくこくと頷く。
「誉め言葉と受け取らせていただくわ。若作りしているつもりはないけど……若さを保つ秘訣に心当たりがないわけでもないの。いえ、これはこちらの事ね、忘れて」
ラガーナは腕を元の細腕に戻すと、改めて公爵の話を聞きだす。
「反乱集団が銀狼ギネスを雇った。それに対抗するために魔帝の力を借りたいという事ね。でも魔帝が自ら動く事は滅多にないの。あたしが行かせていただくわ。それでいいかしら?」
公爵は「よろしくお願いします」と頭を下げ、前金を置いた。ウォートン公爵が馬車に乗って帰っていくのを、ラガーナは上階の窓から見送る。そのラガーナの後ろに部下が来て声をかける。
「ラガーナ様、よろしいのですか? 銀狼のギネスを相手にするなんて……」
ラガーナは「そうなのよね」と答えながら、軽く息をつく。
「あたしは基本大振りだし、あいつの速さとは相性が悪いのよね。でもしかたないわ。抑えておく事くらいはできるでしょう」
その言葉に部下は「わかりました」と頷くと、出発の準備のために部屋を出ていった。ラガーナはまだ窓の外を見つめていた。
「時代と共に魔族五強も変わっていく。でもディアンダ、あたしとあんたは変わらないわね」
ラガーナはそっと自分の体を抱いた。
「きっとあの左頬に傷のある男のせい……」
ラガーナは少し身震いした。
けやきは体調が回復した後、ウォートン公爵家でそのまま下働きをしていた。そのけやきにラオは公爵家の様子を聞きに来る。カノンと会える事はほとんどない。けやきの話だと、カノンは常に公爵夫人と行動を共にしているらしい。けやきもカノンと会えるのは、カノンが庭先で素振りの鍛錬をしている時くらいだ。その時も公爵夫人が見学している時があり、うかつに近づけない。
ラオは珍しく眉間にしわを寄せて、「はあ」とため息をついた。
「忍びこむか……」




