24-2.思いの交差
カノンがクリスティーナの親衛隊になってから、あっという間に三カ月が過ぎた。カノンが何度やめたいと言い出そうとしても、クリスティーナはけやきの命を助けた事を持ち出してきて、カノンの口を閉じさせてしまう。
けやきはもう回復していたのだが、それでもクリスティーナはカノンを手放そうとしなかった。その理由はカノンが他の親衛隊の男性達にも負けない強さを持っていたからだ。
この辺りの貴族の女性達の間で流行っている遊びが、自分の親衛隊を作ってそれを他の親衛隊と戦わせてどちらが強いか競うというものだった。クリスティーナもお腹が大きくなっていっているのにも関わらず、その遊びに興じていた。特に金髪、金眼の美形の女性剣士を親衛隊に持っているのはクリスティーナだけだったため、クリスティーナは他の貴族の女性達の羨望の的だった。
クリスティーナはこの日も上機嫌で、馬車に乗って帰るところだった。クリスティーナは他の親衛隊は別の馬車に乗せ、カノン一人だけ同じ馬車に乗せている。
「クリスティーナ様、もうすぐ子供も生まれるのですから、こんな遊びは止めた方が……」
「あら、何を言っていますの。子供が生まれるからってわたくしの自由が奪われていいわけありませんわ」
「そうかもしれませんけど……」
「ふふふ、そんな事よりも隣に座りなさいな。わたくしを労わってくださるのなら、わたくしの肩を抱いてくださいな」
カノンは言われた通り、クリスティーナの横に座ってその肩に手を回した。カノンより小柄なクリスティーナは恋人にそうするようにカノンに体を預ける。
「わたくし、これでも不安なのですわよ。大切にしてくださいませ」
そんな風に言われると、カノンは「はい」としか言えない。実際、嫌なわけではないが、特別な感情があるわけでもない。ただ身重な彼女には優しくしてあげなければ。その思いだけでずるずると彼女の言いなりになっていた。
クリスティーナとカノンを乗せた馬車が走っていく街中で、その馬車を憎々しげに見つめている目があった。
「チ、公爵夫人め、またくだらない遊びに出かけてやがったな。おれ達の血税はいつだってお貴族様の娯楽に消えていくんだ」
男は悪態をつきながら向かいの酒場へ入っていく。そこのカウンターにはラオが座っていた。男は酒を注文しながらラオの隣に座る。
「首尾はどうなってる」
「上々ですよ、アルフェルトさん」
ラオはこのレンベルトという町で、領主のウォートン公爵に対して決起しようとしているアルフェルトという男と出会っていた。路銀を得るために働いている建築現場からの帰りだ。その仕事はこのアルフェルトから紹介してもらったものだ。
アルフェルトはみすぼらしいとまでは言わないが、着古した服と年季の入った軽鎧を着て、剣を下げている。細々と傭兵稼業で稼いでいる四十頃の男だ。一応家庭を持っていて、ラオも奥さんや子供に会った事がある。
アルフェルトは決起集団の中心人物というわけではない。ただ持たざる者として、裕福な貴族に意味もなく腹を立て、自分の生活がよくならないのは統治する領主が悪いのだと頭から思っている人間だ。そのため愚痴は多いが、世話好きで根は悪い人物ではない。
主に仲間集めを担当しているアルフェルトは、ラオにもそれを協力させていた。ラオはアルフェルト達の活動に特に興味があるわけではない。ただ民衆が決起すれば、公爵夫人も自分の生活を改めざるを得なくなるはず。そうなればカノンもお役御免となるはずだと考えていた。ただ思慮深いラオにしては浅い考えだ。
ラオは少し焦っていた。カノンとは時々しか連絡が取れないが、その中でもカノンが公爵夫人に特別な好意を寄せられている事が分かる。風呂まで一緒に入っていると聞き、それをカノンが心底嫌がっている気配もない。ありていに言えばそのままカノンが女色の道に入ってしまう事を真剣に心配していた。
北エルフの国にいた時は、カノンがハマ・サイエという青年といい仲になっていると聞いて、気持ちを諦めるべきかどうかずいぶん悩んだものだ。その後、カノンにハマとは何の関係もなかったと聞いて安心したものの、またいつ飾り気のないカノンの純粋さに惹かれる者がいないとも限らない。ラオとしてはもう一歩、カノンとの距離を縮めておきたかった。
しばらくアルフェルトと話したラオは、椅子を引いて立ち上がった。
「ではぼくはまた屋敷にいる仲間から、屋敷の様子を探りに行ってきます」
「おう、頼むぜ」
ラオは仕事で固くなった体をほぐすように、腕を伸ばしながら外に出ていった。
レイアは飲食店で、鷹常はこの町で比較的大きい宿でリネンを交換する仕事についていた。鷹常も働くと言い出した時、護衛の獅子が現れて止めようとしたものの、鷹常は「わたくしも今は旅の一員ですから」と静かに言って、アルフェルトに仕事を紹介してもらった。
そんな鷹常の元に、鷹常の護衛衆の一人だった真葛豹が現れていた。豹は獅子の兄で、十八の鷹常より三つ年上だ。豹は鷹常を見つけた瞬間、片足をつきその手に軽くキスをした。まるでどこかの王子様のような振る舞いに、鷹常は目をぱちくりとさせる。
豹は弦の国を出たところで鷹常と別れ別れになって以来、鷹常に想いを募らせていた。自分がそんなにも鷹常の事を思っているとそれまで気づかなかった。その会えなかった切なさ、そして会えた嬉しさから、自然とそういう行動になった。しかし鷹常は豹のそんな想いに気づかぬように、冷たく「国にお帰りなさい」と言った。
「鷹常様……!」
豹は今にも泣きそうに顔を歪ませる。
「なぜ、国にお帰りにならないのです……!」
鷹常は少し考えるように視線を落とす。
「まだ、時期ではないような気がするのです。ただの勘ですが……」
「そんな……!」
頑なに首を縦に振らない鷹常に根負けして、結局は豹もアルバイトをしながらこの町に滞在する事になった。




