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カノン伝記  作者: 真喜兎
第三章 青空を映す神
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23-2.青空を映す神

 ごおん、ごおんと轟音を上げながら谷間の川が流れていく。この日はひどい土砂降りの雨だった。


「やはりこんな川の上のつり橋を渡っていくのは怖いですね。ルートを変えて、この東側の町に行きましょう」


 ラオが地図を指差しながらそう提案し、レイア、カノン、けやきが頷く。崖っぷちで向こう岸を眺めていた鷹常(たかつね)をレイアが呼ぶ。鷹常が振り返った時だった。ひどい雨で地盤が緩んでいるのか、鷹常の足元が少し崩れかけた。カノンはとっさに鷹常の手を取って引き寄せる。


「大丈夫か!?」

「は、はい」


 鷹常は相当どきどきしたのか、額から白い角が生えている。それは鷹常のいた弦の国では天子であるとの証だ。感情が昂った時などに生えてくる。カノン達はそれを初めて見たが、じっくりと眺めている状況ではない。


「やはりここは危険ですね。早く離れましょう」


 ラオの言葉に頷きながら、カノンはまだ少し震えている鷹常の肩を抱き、ラオ達の後について歩いた。


「鷹常様、大丈夫ですか?」


 しばらく歩いた後、カノンは鷹常に声をかける。鷹常が「ええ」と答えると、カノンはようやく鷹常から手を離す。すると鷹常は足を止め、カノンの手を取った。そしてにっこりと笑った。


「わたくしの事は鷹常とお呼びください。敬語も必要ありません」

「は、え? でも」


 カノンは鷹常のきれいな笑顔にどぎまぎして、少し頬を赤くする。


「もうあなたはわたくしの護衛ではなく、旅の仲間。それに命の恩人。だからぜひあなたとは対等でいたいのです」

「そ、そうですか? あなたがそれでいいなら……わかりました。いや、わかった、鷹常」


 鷹常は「はい、カノン」と返事しながらまたにっこりと笑った。






 カノンと鷹常がやり取りしている後ろで、まだ十四歳のけやきは顔も上げられず、はあはあと息をしていた。


「けやき? 大丈夫ですか?」


 鷹常がけやきの様子に気づいて声をかける。


「大丈夫……です、姉上」


 そう言うけやきだったが、その視線は安定していなかった。鷹常はけやきの額に手を当てる。


「ラオ、レイア! けやきに熱があります!」


 前方で進む道を議論していた双子は慌ててけやきの隣に来る。レイアは鞄の中を漁って使えそうな薬を探す。


「傷薬はいくらかあるけど、風邪薬はこれしか……」

「肺炎になりかけているかもしれない。早くお医者様に診せないと」


 ラオは咳き込むけやきの額に手を当てる。カノンは荷物をラオに渡して膝をついた。


「けやき、わたしの背におぶされ」

「カ、カノン様、ぼくがやりますよ」

「いいよ、ラオ。わたしが疲れたら変わってくれ」


 けやきはそれほど大きな子ではないが、背中に乗るとずしりと重みを感じた。カノンは力を込めて何とか立ち上がる。


「すみません……」


 けやきの小さく謝る声が聞こえて、カノンは「気にしなくていいよ」と声をかけた。






「町が見えてきたわ!」


 レイアが声を上げた時、別の道から馬車が二台走ってきてレイアの前に止まった。前の馬車の小窓が開いて、女性が顔を見せる。鳥の羽や宝石のついた装飾品で頭を飾った明らかに身分が高そうな女性だ。馬車の中にいるのでよく見えないが、華美なドレスを着ているのだろうという事も分かる。


「こんなところで何をしていますの?」


 女性は興味深げにずぶ濡れのカノン達を見ている。レイアは、連れが一人熱を出して急いで町に向かっているところだと、説明する。すると女性は「まあお気の毒に」と、口だけは同情した素振りを見せる。


 女性は値踏みするようにカノン達一人一人を眺めた。そしてから「病人を運んであげてもよろしくてよ」と言った。


「いいんですか!?」

「ええ、後ろの馬車にはわたくしの親衛隊が乗っていますの。そこにお乗せなさいな。あと付き添いも必要ですわよね。そこの金髪のあなた。あなたはこちらにお乗りなさい。ああ、隣のあなたはダメですわよ。あなたは必要ありませんわ」


 金髪のあなたとはカノンの事で、隣のあなたと言うのは鷹常の事だ。鷹常は怪訝そうな顔をするものの、せっかくけやきを馬車で運んでくれるという申し出を断れるわけもなく、ラオとレイアと共にまだしばらく雨に降られている事にした。


 カノンも付き添いと言う割になぜ別の馬車に乗るのかと疑問に思ったが、言われた通り前の馬車に乗り込んだ。


 馬車が出発すると女性はカノンにクリスティーナと名乗った。そしてカノンも名乗ると、扇を持った向こうで少し首を傾げた。


「あなた、女性のような声をしてらっしゃるのね」

「わたし、女ですけど……」

「まあ、そうでしたの? 鎧なんてつけてらっしゃるから、男性かと思いましたわ」


 確かにカノンは軽鎧を装備していて、ほとんど男装のような格好だ。実際、男の子か、女の子か? と聞かれた事がないわけではないので、別に男に間違われても気を悪くしたりはしない。


 クリスティーナは少しだけ何か考える風にして、その後、「女性の親衛隊というのも面白いかもしれませんわね」と呟いた。


「ところで、なんでわたしの隣にいた女の子はダメだったんですか?」

「あら、だってわたくしより美しい人なんて。あらやだ、わたくしが負けているという意味ではありませんわよ」

「はあ……」


 カノンはそのまま馬車の中で、クリスティーナはこのレンベルトという町の領主、ウォートン公爵の夫人なのだと聞いた。






 お城のように大きな屋敷の敷地内にある小さな小屋、馬番が寝泊まりするような小屋の中にけやきは寝かせられ、そこに医者が呼ばれた。けやきは絶対安静ではあるものの、命に別状はないと言われ、カノンは胸を撫でおろした。


 カノンがお礼を言うためクリスティーナの部屋を訪れると、クリスティーナはカノンに白を基調とした軍服のような制服を渡した。


「なんですか、これ?」

「あなた、剣を下げているのですから少しは腕に覚えがあるのでしょ? あなたにはわたくしの親衛隊になっていただきますわ」


 カノンは困惑しながらも断ろうとするが、クリスティーナは有無を言わさず衝立の陰で着替えるように指示する。


「わたくし、今妊娠してますのよ。あまり疲れさせないようにお願いしますわ」

「は、はあ……」


 恩人に強く逆らうこともできず、カノンは渋々その制服に着替えだした。


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