23-1.青空を映す神
この大陸には空の名で呼ばれる八つの神がいる。古来からの小さな神々を含めればもっと数多くの神がいるが、今この大陸で神と言えばだいたいその八つの神を指す。
――神殺しを行う方法? ハハ、そんなものが本当にあると言ったのかい?――
それは空間に響くような声だ。くすんだ青色に見える髪が揺れている。左肩に動物の牙で飾られたいかつい肩当てをつけ、他にも篭手や脛当てなどを装備している。首元や腕、腹、太ももは露出させており、そこには蛇のような鱗が見えている。恐らく蛇鱗人という魔人だ。
体が半分透け、耳も少し尖ったその女は青空を映す神だ。他の八大神のように決まった空域を持たず、湖や川のあるところで他の神の支配が弱い場所ならどこでも行き来できる。不敵な笑みを浮かべ、退屈なのかよく体を動かしている。
青空を映す神が話しているのは、イースターという男だ。左頬に傷のある二十代前半頃の男だ。イースターは北エルフの国で朝焼けの神に接触し、神殺しを行う方法を問いただした。すると朝焼けの神は「八大神の姿を探せ」と示した。
青空を映す神は、首を鳴らすように頭を振って少し考える。
――残念ながらあたしには見当もつかないね。あんたには前も言ったが、あたしらは神同士ですら触れられない。つまりはあんたが神になったところであたしらは殺せない。結局はあたしらを人の世に引き戻すしか方法はないと思うが――
イースターは眉をひそめて考えていた。異次元空間にいる八大神、月夜の神にも朝焼けの神にも、この前一瞬だけイースターの刃が届いた。一世紀半近く、神を追い続けてきて初めての手ごたえを感じた。だがその理由にまったく見当がつかない。今さっきも青空を映す神に剣を振るってみたが、剣は青空を映す神の体をすり抜けるだけでかすり傷一つ負わせない。
イースターがため息をつくと、青空を映す神は笑う。
――ハハ、疲れたかい? 神殺しを諦めるかい?――
「寝言は寝て言え。おれの敵になりえるのはあの女、新天の神のみ。そのついでに貴様らも狙ってやっているんだ。諦めるなんてのは貴様らのためにある言葉だ」
――ハハハ、傲慢な男だ。まあ……そうだねえ。あたしは結局のところ新天の神を探すのが手っ取り早いと思うけどねえ。あの女だけがあたし達を一つの空に集める事ができる。神殺しをやるにはちょうどいいだろ? ただあの女はあの時以来、姿を現した気配がないんだ。ほら、あんたと会ったあの時だけさ――
イースターは眉間にしわを寄せたまま、半分目を閉じかけている。
――この退屈な存在に嫌気がさして、メランコリックにでもなっちまったかね――
「バカを言え……。あの女がそんな、タマか……よ」
イースターは耐えきれないようにこくんと目を閉じ、そのまま倒れこむように寝た。青空を映す神は腰を曲げて、すやすやと寝息を立てているイースターの顔を覗き込んだ。
――ガキみたいな面してま。今度はどれだけ眠るかね? 数週間? 数か月? 邪法の副作用ってのは面倒だねえ――
その頃、ディアンダ・ンデスという男は目覚めて、井戸から引き揚げた水桶から貪るように水を飲んでいた。
ディアンダは「魔帝」と呼ばれる男だ。多くの魔人を傘下に置いてこのレークエーア大陸のエーア地方|(大陸の中央から東側の地域)の、争い事や商売事に関わっている。ただトップであるディアンダが自ら赴くことは滅多になく、大腕のラガーナと言うディアンダの右腕の女性や、その他の部下が各地を取り仕切っている。
「く、くそ、眠い。またおれはどれだけ眠るんだ……」
水を飲んだディアンダはふらつきながらもなんとか誰もいない小さな小屋に辿り着き、そこの簡素なベッドに倒れこむ。邪法の副作用に気づいてからというもの、ディアンダは大陸の各地に結界を張った隠れ家を作り、長期間眠る時はそこに身を隠していた。
長期間眠ると言っても本当に何週間もずっと寝ているわけではなく、時折のどの渇きや空腹に耐えかねて目が覚める。だから井戸や湖、川などのある近くに隠れ家を作っている。眠気を抱えながらふらふらと町に食料を調達しに行く事もある。
「マクとリックがいた頃は楽だったな……」
ディアンダはベッドに突っ伏したまま、かつて共に暮らしていた二人の事を思う。少年だったマクはほんの偶然にディアンダの張った結界を通り抜けて、こことは違う隠れ家にいる時に現れた。その時からマクはディアンダの世話をするようになった。
(リックはおれを殺したがっているようだったが……)
ディアンダは寂しそうにふっと笑う。リックと暮らし始めたのはリックが八歳ごろの事だ。リックの母親を殺してしまったディアンダは、一人残ったリックを連れ、マクと共に暮らし始めた。邪法の副作用が出ている間、ひどい眠気に襲われるが、しかし殺意や敵意を向けられれば目は覚めてしまう。ナイフを持ったリックと何度か目が合った事があった。
(そのまま殺してくれればよかったのにな……)
リックの前で何度も目を閉じた。だがリックはディアンダを刺してくる事はなかった。
「くそ……親父……」
ディアンダは枕に顔をうずめて、シーツを握りしめた。
春が過ぎ、十七になったカノンは北エルフの国を出て南に向かっていた。カノンの育ての父、マクが南のカラオ国に向かったという知らせを受け取ったからだ。旅のお供は双子の兄妹、山桜桃梅ラオとレイア。そして弦の国の姫、緒丹薊鷹常と、その腹違いの弟、けやき。
「国を捨てるつもりですか、鷹常様!」
カノンについていくという鷹常を、従者の獅子が必死で止めたが、鷹常は「まだ時期ではありません」と突っぱねた。獅子は仕方なくまた陰から鷹常を護衛しながらついていく事にした。
カノンは鷹常に従っていた報酬や、北エルフの国でトウやハマなどを護衛した報酬を得たが、たくさんの路銀を持っているわけではない。旅は馬車などを使わず、基本的に歩きだ。
カノンは母のリックやマクと共に長旅の経験があるが、他の四人はその経験がない。特にけやきは隠し子として生まれたためにあまり外に出た事もなく、疲れを見え隠れさせていた。




