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カノン伝記  作者: 真喜兎
外伝② 月夜の神
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22-5.緒丹薊秋草伝

 伊春(いしゅん)はカーリンから、この地方で鬼人と呼ばれている部族の事を詳しく聞き出した。鬼人は主に山の中に住処を持っている者達を差すが、村はいくつもあり、それぞれの交流は少ない。それはそれぞれの村に伝わる異能の技を、外部に漏らさぬようにするためだ。


 カーリンも異能の技――魔石を使った魔法を伊春に見せる。腕の太さ程の黄緑色の魔石を二つ宙に浮かせ、そこから強い衝撃波を発射させる。それは太い木の幹を抉った。


「す、すごい……!」


 伊春はその力に目を丸くした。


「話に聞いてた以上だ! なぜ父上はこれほどの力を利用しようとしないんだ!?」


 すっかり興奮している伊春を見て、カーリンは照れながら魔石をくるくると宙で舞わせる。


「実はぼくはまだ修行中なんだ。ぼく、才能があるって言われてて……たぶんもっと魔力を高めていけば、もっと大きな魔石も扱えるようになると思う」


 伊春はぎゅっとカーリンの手を握った。


「君を始めて見た時、思ったんだ! チャンスが来たって。その予感は間違いじゃなかった。君がいれば、ぼくは天下を取れる!」

「でも伊春、君には兄さん達がいるんだろう? 満の国の当主にはなれないんじゃないの?」


 伊春は一度くるっと背中を見せた。そしてふふふと笑って手を広げた。


「カーリン、ぼくはねえ、天下を取ると言ったんだ。天下だ! 天下というのは満の国の事でも、この月国地方の事でもない。このレークエーア大陸すべての事さ!」


 あまりにも壮大な夢だった。バカげた夢だと言ってもいい。だが伊春はそれを言ってのけた。やはりカーリンの目には伊春がひどく眩しく見えた。


「伊春、ぼくは君の夢に賭けるよ」


 気づいたらそう言っていた。






 それから五年経った。その間に、山粟馬山を暗殺した犯人を捜す満の国との小競り合いはあったものの、情勢は大きく変わらず月日は過ぎていた。


 秋草あきくさはその間も根回しを続け、家臣団の信頼や国民の人気を高める事に余念がなかった。


 秋草にとって幸運だったのは、兄の敏藤(としふじ)皇が政治に消極的で、頼りないという評価を受けている事。そして皇子が誕生していない事だった。敏藤は正妻や側室の元を訪れても、子供のように妻の膝を枕にして寝るだけで子作りに精力的でなかった。その噂もまた、敏藤皇は心もとないという印象を増長させていた。


 秋草は稲黍(いなきび)翔葉(しょうは)と結婚した。ただ秋草は稲黍家の嫁には入らず、翔葉が緒丹薊(おにあざみ)家の婿に入る形になった。そして秋草が敏藤皇の政務を補佐する仕事をしている一方で、翔葉は秋草の屋敷で一日ぼーっとする日を過ごしていた。


「翔葉殿はわらわの側にいてくれるだけでよいのじゃ」


 秋草はそう言って翔葉から仕事を取った。家の事は任されてはいたものの、幼少の頃から皇家に仕えるために勉強し、鍛錬を続けていた翔葉にとって仕事を奪われるという事は、翔葉にひどい無力感を抱かせた。


 翔葉は兄と慕っている黄蝦根(きえびね)威海(いかい)に、苦しい心の内を吐露した。しかし秋草は威海の助言も聞かず、翔葉を歪に愛した。その純粋さは、気を弱らせている翔葉が使用人の女性と心通わせていた事にも気づかないほどだった。


 まだ男性社会の意識の強い中、家にいるだけの秋草の夫は木偶(でく)であるとの噂が立っていた。そのためか、秋草に求婚していた者の中には、新の国の秋明菊(しゅうめいぎく)会寧(かいねい)のように、秋草を手に入れる事を諦めていない者がいた。


 威海の父の黄蝦根(かなめ)と、猫萩(ねこはぎ)の父の真葛(さねかずら)皀莢(さいかち)は、秋草がわざと言いなりになる翔葉を夫に取ったのだと見ていた。そのため力の無い翔葉から、息子達が秋草の夫の立場を奪うチャンスはあると見ていた。


 それぞれの息子達は秋草の側仕えではあるものの、要と皀莢はどちらかというと敏藤寄りだった。それでも秋草を手に入れようとしているのは、皇家との繋がりを強めるためと、敏藤の心の平穏を妨げる秋草の仕事ぶりを抑えようとしているからだ。


 先の敏重皇と違い、新の国の秋明菊会寧との縁談を進めようとしないのは、気の弱い敏藤では同盟という名でそのまま新の国に取り込まれかねないと、要達が判断したからだ。秋草を抑えつつも、その気概と政治力を利用しなければいけない。要達にとって秋草は、盾でも矛でもあり、そして諸刃の剣でもあった。


「敏藤様、秋草様をうちの威海にお預けください。威海ならば秋草様を上手に抑えられます」

「いえ、うちの猫萩に」


 要と皀莢はお互いに張りあい、バチバチと火花を散らせあっている。


馬廻(うままわり)風情が出しゃばるな」

「ふん、裾野での戦で敵に捕らわれたのを助けた恩をお忘れ申したか」

「二十年も前の話をいまだに言うか」

「他にもお助けしたのは数知れず」


 敏藤は言い合いをしている二人を見て、疲れたようにため息をつく。


「仲ようせえよ、要、皀莢。わしに真の心で尽くしてくれる者は少ないゆえ」

「敏藤様……!」

「そんな事は……!」


 要と皀莢は揃って口を開くが、敏藤はゆっくり首を振る。


「いいのじゃ、分かっておる。秋草はようやった。今では誰もがわしよりも妹の方が皇にふさわしいと考えているのじゃ」


 要と皀莢は敏藤を慰め、励ましていたが、それでも敏藤の顔に笑みが浮かぶ事はなかった。


 それからしばらく後、業を煮やした秋明菊会寧が、新の国の部隊を率いて秋草を実力で手に入れようと戦を仕掛けてきた。その時、秋草は自ら新の国の部隊の前に立ち、自分の角を晒した。


「わらわこそ月夜の神に選ばれた天子! 新の国よ、わらわに頭を垂れよ! この月国地方はわらわの下で一つとなる!」


 動揺する自国の部隊を会寧は慌てて引き返させた。弦の国の部隊は秋草を称えて歓声を上げる。会寧は秋草を手に入れるために自国を危機に陥れるほど狂っていない。その後は秋草の力に飲み込まれないように、国内の安定と対等な外交を続けるために尽力する事になった。


 秋草が角付きである事が知れ渡り、秋草の人気がこれ以上ないものになると、敏藤は護衛やお付きの者の目を盗んでひっそりと命を絶った。あまりにも儚い命。そして秋草は皇の座についた。


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