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カノン伝記  作者: 真喜兎
第一章 月夜の神
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2-1.強襲

 ボコボコッ、ムキムキッ


 本当にそんな音を立てそうなほど、急激に筋肉が膨らみ、か細かった腕が「大腕」の通り名にふさわしい大きさに膨れ上がる。


 大腕のラガーナ。大腕族という体に不釣り合いな大きな腕を持つ種族の出だ。しかし普通は腕が細くなったり太くなったりする事はない。ラガーナは筋肉操作を可能にし、魔族五強の名にふさわしいパワーを、自在に引き出す。


 人の倍はありそうな大岩を片手で持ち上げ、野球のボールを投げるかのように、街の広場にある時計塔めがけて投げつけた。雲の多い空の下で、時計塔が轟音を立てて崩れ落ちる。


 これが開戦の合図だった。国境付近に集められていた魔人達が、街へとなだれ込む。彼らの主な目的は略奪だ。虐げられ、時に不当に扱われる魔人達の中には、ほんの少し唆されるだけで、普通の人間達に牙向く恨みや因縁を持つ者が少なくない。


 魔人集合の情報を受けて警戒をしていた国境警備隊は、いきなり街の真ん中の時計塔が破壊された事に騒然となった。国境警備隊の計画では、街中に攻め込まれる前に敵の戦力のほとんどを削る予定だった。しかし飛んできた大岩に浮足立ち、敵兵の手練れにあっという間に隊を切り崩され、あまりにも簡単に突破されてしまった。人々は逃げ惑い、パニックが起きている。


 リックはそんな街の真ん中にいた。傭兵としての参加はしていないが、剣を携え、装備を整え、いつもと変わらぬ笑みで立っていた。






 カノン達のいる屋敷はパニックの中心部からは離れた所にあったが、それでもあたりが騒がしくなってきていた。カノンは装備を整えながら叫んだ。


「マク! 母さんはどこへ行ったんだよ!」


 もう戦闘が起こっているのは間違いない。それなのにまたもリックに置いて行かれた事に、カノンは腹を立てていた。


 マクも厳しい表情で窓の外を見つめていた。何が起ころうとしているのか、マクにはいまだに分からない。それなのにまた、リックはいつの間にか家の中から消えている。


「双子、何があっても対応できるようにしておいてくれ」

「わかりました。マク様」


 双子のラオとレイアは同時に頷く。まだ十八にしかならない二人だが、落ち着いていて冷静だった。街を出る事になるかもしれないと、そこまで考えたのだろう。必要最低限の荷物を手際よくまとめていく。そこまでやってくれている双子を見て、本当に屋敷を出る事になるかもしれないと、マクはそんな予感に襲われた。


「双子、カノンを見ていてくれ。おれはリックを探してくる」

「はい、お気をつけて」


 双子の返事を背に、マクは外へ駆け出して行った。






 ディアンダは薄く笑みを浮かべていた。蔑むような冷たい笑みではない。うきうきと何かを楽しみにしている、そんな感じの笑みだ。


 セイラスはそんなディアンダの様子を見るのは初めてだった。「鬼子」と呼ばれ、僅か十四歳で魔族五強に数えられたセイラスは、圧倒的な力を持つ魔帝ディアンダに心底憧れていた。冷たい孤高の雰囲気を持つディアンダが、今日は心を浮かせている。なんだか急に親近感が湧いて、セイラスの心も浮き立った。


「セイラス、頼んだぞ」


 そんな言葉をかけてもらえるのも初めてだ。セイラスはすっかり興奮して叫んだ。


「おーけい! 任せてよ!」


 ばっと手を広げる。するとセイラスの周りの空気がきらきらと輝きだす。「ひょうっ」と風を切るような声を上げ、崖の上から空中に飛び出した。






 魔族五強の銀狼ギネスと大腕のラガーナは既に街の中に入っていた。道化のカーリンも町中に入っているはずだが、近くにはいない。


「ひゃあははあ!」


 上空からけたたましい声が響く。


「なんだ、ありゃあ?」


 セイラスが屋根の上を走っていき、屋根のない所も文字通り走っていく。


「あいつ空が飛べるのか!?」

「バカな……魔石で空を飛ぶなんて……」


 ギネスとラガーナは驚いて、空を走っていくセイラスを見上げる。


「魔石ってのはあんな事までできるのか?」


 あっという間に自分達の先に行ってしまったセイラスを見ながら、ギネスが尋ねる。


「道化のカーリンは膨大な魔力で自分の体を浮かせる事もしていた。それも本来考えられない事だけど。でもあいつはちょっと違うわね。あいつの周りに魔石があるのが見える?」

「ああ、だがだいぶ細かくて、数も相当あるな……」


 何もないように思えるセイラスの周りの空間には、よく見ればチカチカと光を反射している魔石が数えきれないほどあるのが分かる。


「あんな細かい魔石を大量に扱える魔石使いなんて他に存在しない。けれど本当に恐ろしいのはその発想力ね……あいつはあれに『乗る』事で空中での移動を可能にしてる。一体誰がそんな事、思いつく? 魔石を扱う事に関しては、あいつ天才よ」


 ディアンダの元で数々の強者を目にしてきたラガーナですら、その才能に身震いした。鬼子セイラスは世界に名を轟かせる存在になる。そう確信できたほどだ。


 ディアンダは空中を走り抜けていったセイラスを見ていた。その顔からは笑みが消えている。セイラスの才能が脅威に値する事は、ディアンダもはっきり認識していた。






 セイラスが体を反らせるように両手を上げると、細かな魔石が集まって、尖った杭のようなものを形作る。「ひゃああ!」という奇声と共に手が前に出されると、魔石はぎゅるぎゅると回転しながら、砲弾のように突っ込んでいく。それは建物の壁を破壊し、石畳の道に穴をあけた。


 数百人集まった名もなき魔人達よりも、魔族五強と呼ばれる数人のために、この街はあっけなく崩壊しかけていた。大腕のラガーナの飛ばした大岩に始まり、国境警備隊が敷いていた戦線を簡単に切り崩した銀狼のギネス。そして魔石の力を奮い、街を破壊している鬼子セイラス。街を守るために集まった兵達すらも恐怖に怯え、隊を乱して逃げ惑っていた。


「やれやれ。なんかこの街がかわいそうだな。おれ達何しにきたんだ?」


 ギネスは長剣を肩にかけたまま、ぶらぶらと歩いている。ギネスもラガーナも、他の魔人達のように略奪などに興味はない。ラガーナはセイラスが戦っているのであろう遠くの轟音を聞きながら、首を振った。

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