21-5.石楠花慶雲伝
紐に繋がれた二つの魔石がぶんぶんと回りながら飛んできて、城壁の上で弓を撃っている兵士の首に巻きつきその体を空中へ浮かせる。兵士の体はもがいて動かなくなった後、空中から捨てられる。
満の国の皇、かずらのいる城を、半の国の部隊が囲んでいた。半の部隊には鬼人と呼ばれる一族の者が多く参戦していた。その異能者集団の戦法に、満の国は防衛にも困難を極めていた。
「かずら様、城内に侵入されるのは時間の問題です! ここは降伏いたしては……!」
「バカを申すなあ! 貴様らはそれでもよいかもしれぬが、わしは天子の血。降伏したとて、首を刎ねられるのは必至!」
かずらは半の国の攻撃に怯える弱気な家臣を、扇子で叩きながら怒鳴り散らしている。普段は温厚なかずらの尋常でない怒りに触れ、家臣達は身を縮こまらせている。
「戦え! 最後の一兵まで戦うのだ! 必ず、必ずやいけまか慶雲が……!」
慶雲が怒涛の勢いで半の部隊へ突っ込む。慶雲の部隊は本来十日かかる距離を、なんとか五日で戻ってきた。急いで馬を走らせてきたために疲れを溜めていたが、満の国の応援はないと高を括っていた半の意表を突いた。
「かずら様! 山粟慶雲武将です! すごい! すごい! 半の国を蹴散らしています!」
「おお……! おお……!」
首の皮が繋がったかずらはただ感嘆の声を上げるのみだ。そして一時的にではあるが、半を後退させた慶雲を、かずらと家臣団は興奮冷めやらぬ様子で出迎えた。
「さすがは慶雲じゃ! 父の名を一字受け継ぐだけはある! 慶雲のおる限り満の国は滅びぬ!」
慶雲はかずらのその言葉をとりあえずは聞き流した。家臣団が慶雲の本当の出自について噂するのが、声など聞こえずとも分かったが、今ならまだただの憶測だと言えた。
慶雲は膝をついて畏まり、淡々と攻略した裾野城を捨ててきた事を話す。それからこれからの作戦について進言する。
「満の国と弦の国の間には天然の要害がありますゆえ、いけま将軍は弦の部隊をそこへ誘い込み、うまく食い止めているようです。そしてそのまま部隊を分け、いけま将軍自らがこちらの応援に向かっているとの事です。いけま将軍の隊が到着すれば、なんとか半の者共を撤退させる事も可能でしょう」
「半を撃ち滅ぼさぬのか?」
「我が国の兵力は低下しております。深追いして兵を消耗させるのは得策とは言えません」
「そう、そうか」
かずらは最初は自分の命を脅かした半を殲滅する作戦を口にしていたが、慶雲の言葉を聞いてその怒りを抑える事にしたようだった。自分を納得させるように、二度、三度と頷いた後、改めて慶雲に城の防衛を命じた。
魔石がいくつも戦場の上空を飛び回り、落雷を落としたり、火柱を上げたりする。それには人もだが、馬も同様に驚いた。いけまも慶雲も騎馬を得意とするため、馬が怯まされるのは厄介だった。
「鬼人共め……!」
月国地方では魔石による戦闘は一般的ではない。刀や弓を持たずに戦う事は武士道に反すると考えられているからだ。魔石で魔法を発動させるには特別な才能がいるため、鬼人のすべてが魔石を使うわけではない。しかしその連携の取れた動きに、やはり慶雲達は翻弄されていた。
「くそっ! 術者さえ見つければ……!」
民豊は目を凝らし、術者に当たりをつける。そして弓を引き絞った。向かっていた魔石のいくつかが途端に浮遊力を失くし、地面に落ちる。
「よくやった、民豊!」
慶雲は自ら先頭に立って走る。
「魔石の力、恐れるに足らず! おれに続け!」
勇猛果敢に攻める慶雲の姿に、味方の兵は士気を上げ、敵の兵は尻込みする。いけまの部隊も士気を取り戻し、満の国は半の国を退ける事ができた。
慶雲は半の国に通じる山間部へと撤退していく半の部隊を見送る。ようやく戦闘が終わったかと息をつこうとした慶雲の隣を、いけまの部隊が走り抜けていく。
「みなの者、追撃戦だ! 奴らを徹底的に打ちのめすぞ!」
慶雲は驚いていけまの隣に馬を並べる。
「いけま将軍! 兵は疲労困憊しています! これ以上の無理な追撃は……!」
「ええい! 黙れ、山粟! 半の卑劣なやり方許すわけにはいかんのだ! 奴らに思い知らせてやる!」
いけまの独断専行な性格が今この場で出た。我に続けと怒鳴るいけまの後ろで舌打ちしながら、慶雲は自分の隊へ戻る。そして民豊の側に近づいた。
「民豊、貴様を隊から外す。この時を置いて他にチャンスはない。わかるな?」
民豊は「承知!」と答えて、他の者に気取られぬよう、いけまの部隊へ紛れながら山の方へ馬を走らせる。
民豊はうまくやった。この時のために用意していた毒を矢尻に塗り、木の影からいけまを狙った。いけまにどすっと矢が刺さり、馬から倒れ落ちていくのを見ると、いけまの部隊の多くは引き返してきた。
それからの満の国は慶雲の思っているものとは反対の方向へ進んでいった。政治にも口出ししてきたいけまがいなくなった事で安定するかと思った政権は、かずらの怒りによって荒れた。
慶雲には理解できない事だったが、かずらの兄弟に対する情は非常に強いものだったのだ。いけまの死、さらにその弟と妹すみれの変死が半の国の仕業と思い込んだかずらは、たびたび半の国を攻めた。
「父上……」
慶雲はいつものように静かに書き物をしている馬山の前に座った。そしてその思いを吐露する。
「かずら様は……かずら様ならこの国をよくしてくださるはずだった! それなのに今は半への復讐に取りつかれ、疲れたこの国をますます疲弊させている! これでは何のためにいけま様が死んだのか……!」
「やはりいけま様を殺したのはおまえだったのか」
馬山はあまり視線を合わせず、ぽつりと言った。一瞬にしてそれを見抜かれた慶雲は、ぐっと拳を握る。
「覚悟は、できております」
慶雲の言う覚悟とはもちろん死の覚悟だ。しかし馬山はゆっくりと視線を部屋の外に向けた。
「天子の血は一つでなければならない。でなければ国は必ず壊れる。慶雲、月夜の神はなんという試練をこの国に課したのか。憐れな……一族だ」