20-2.八大神の姿を探せ
「このおれを虚仮にするとは、やってくれるな」
違う方向に走らされたイースターは、明らかに苛立ちを抱えた獣のような目を、朝焼けの神に向けていた。先程までと違い、明らかな圧を感じる。
ふとイースターが何かに気づいたように、朝焼けの神との距離を詰めて剣を横凪に振る。朝焼けの神は腕を前に出して防御した。服が裂け、腕に赤い傷ができる。
「やはり刃が届く。どういう事だ? 何がきっかけで? なぜおまえの体が現世に近づいた?」
異空間にいる神に本来、現世のものは届かない。それがなぜかイースターの攻撃で傷を負い、降ってくる雪が朝焼けの神に当たって溶ける。
「その答えをそなたが知るのはもう少し先だ」
朝焼けの神が腕の痛みに顔をしかめながら言うと、イースターは獣のような目をしたまま、はっと笑う。
「もったいぶってくれる。今この場で貴様を殺してもいいんだぜ?」
朝焼けの神は首を振る。
「わたしにその脅しは無意味だ。今さら死など恐れはしない」
「それならここにいる奴らを全員、殺してやろうか?」
イースターが剣を回しながら言うと、カノンはびくっと怯える。この男は神というものに対して、尋常ではない怒りを抱えている。トウを襲ってみたり、護衛兵達を切り殺したり、自分とヤマを戦わせてみたりといった事は、この男の気まぐれでしかなかった。この男の目的は神という存在だけなのだ。カノンはそう感じた。
朝焼けの神は俯くように視線を伏せる。
「気性の荒い男だ。わかった。ただここで話すのは不都合だ。ついてくるがいい」
イースターが剣を収めたのを見ると、朝焼けの神は少し振り返る。そこでは目を覚ましたトウが、朝焼けの神に向かって涙を流しながら祈っていた。
「トウよ、もうあの傭兵達は解放してやるがよい。ミヨにはわたしから話しておこう」
名を呼ばれたトウは感激のあまり、嗚咽しながら頭を下げる。そして朝焼けの神とイースターの姿が見えなくなるまで、ずっと祈りを捧げていた。
ハマは城で手当てを施された後も、ずっと寝ていた。寝ながら夢を見ている。何もない白い空間の中に、朝焼けの神とミヨがいた。
「朝焼けの神よ、あなたがわたしの夢の中に現れるとは……」
ミヨは自身が夢を見ている事を気づいているのか、そう話している。
――そなたと一度、話してみたかった。今、ハマは寝ているから、その夢の力を借りてそなたと話せている――
しばらく朝焼けの神とミヨは言葉を交わしていた。ハマはそれが遠くに聞こえていて内容は把握できない。朝焼けの神は静かに話す。
――神殺しを行う男に、その道筋を示した。八大神の姿を探せ、と――
「なぜそのような事を?」
――空の名前で呼ばれる八つの神。わたし達は人ならざる事をして神となった。泰平の世のためとはいえ、それは許される事ではない……。あの男はそんなわたし達を殺したがっている――
「人ならざる事とは……?」
――自身の一族を生贄に捧げる邪法……。邪法そのものにも生贄が必要とされる……。その邪法とは……――
朝焼けの神の言葉は空間に溶けるように、ハマのところには届かない。それを聞いたミヨは少しふらついた。
「バカな……、そんな事を!? それではあの娘は!?」
――そう、邪法により作られた子。世界を変える力を持つ子だ――
朝焼けの神は遠くを見るように、顔を上げる。
――憐れな子だ。今の世を作りし創造神、新天の神に利用されるために生まれてきた。わたしにはそれを避けさせる事はできない――
朝焼けの神はさらに言葉を続ける。
――ハマ、そなたの人生も幸せと言えるものにはならないかもしれない。だが、その想いもあの子の人生の一部となるのだ――
それから春も過ぎる頃、ミヨは退位し、次期国王にはキコ・ルーマニィ・セーシェルが指名された。ミヨの希望通りの女王ではないが、その意思を継ぐ者として、キコが選ばれた。
それからまたしばらく後になるのだが、北エルフの国では貴族制度が廃止され、キコは王権を朝焼けの神に返した。そしてキコは元貴族を含めた市民の代表として、元首の座についた。
トウら複数の貴族は、ミヨ国王の監禁に関わった事を追求されたが、キコを支持し、その政権の安定に尽力するという制約のもと許された。
傭兵団は解散し、それぞれの家に帰っていった。ニルマは恋仲の貴族の娘のもとへ行ったが、右頬に傷の残ったニルマに娘は会わなかった。いや、もうそれ以前から北エルフでないニルマは親達によく思われていなかったのだろう。とりつくしまもなく門前払いされた。ニルマはその苛立ちを自分の顔を傷つけた金髪の女へと向けた。
「あの女、復讐してやる」
ニルマは力なく呟きながら、とぼとぼと歩いていった。
今までふらふらと町の剣道場や、城の衛兵達の訓練場に顔を出すだけだったヤマは、正式に槍術を教える師範となった。
「外の世界に出てみようかとも思ったんだけどな。あんたと戦ってみて、おれは人を傷つける事より、教える方が向いてると思ったんだよなあ」
ヤマは、衛兵達の訓練に参加してみないかと声をかけたカノンに、そう言う。ヤマは揃って槍を振っている衛兵達をにこにこと見ていたが、ふと声を落とす。
「人を傷つける剣は悲しいな。特にあんたのような子供がそれを知ってるってのは悲しいぜ。その怖さに囚われるなよ」
カノンはうつむいて剣を握る。
「わたしは母さんみたいに……」
小さく呟く。カノンは母の姿を思い出していた。どんな状況にも怯まず、涼しげな笑みを浮かべて剣を振っていた母。だが自分はどうだ。ヤマに向かって剣を振った時、あの異様な男の恐怖に押されていた。母さんみたいになれない。でも母さんみたいになりたい。それが、死ぬ間際さえろくに話もできなかった母の温度を思い出す方法だと思っていた。
まだカノンは母のために泣く事もできていなかった。
「カラオ国に帰りたいなあ……」
自分の生まれた国。十歳頃まで母のリック、義父のマクと暮らしていた地。母親の思い出を辿れば、泣く事ができる。なんとなくそんな気がした。
第二章 朝焼けの神・終
この物語は、主人公カノンが悩み苦しみながら、自分らしさを見つけていく物語です!
次回から外伝が二本入ります。本編と時代が違うので、本編にはほとんど絡んでこない外伝なのですが(汗) 一応、小さな謎が解けたり、後々の伏線がありますので楽しんでいただけると幸いです