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カノン伝記  作者: 真喜兎
プロローグ
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1-4.父と母

 雲が立ち込めた薄暗い朝方の空の下、クルド王国の国境付近の山間に、魔人達が集結していた。人数は三百程になっているだろうか。魔人と呼ばれる人種の中には、異形の者も少なくない。耳が尖っている者、鱗や羽毛が生えている者、尻尾がある者、体中に深い毛の生えている者など、様々だ。


 それらを高い崖から見下ろしている五つの影がある。


 魔帝ディアンダ

 大腕のラガーナ

 銀狼ギネス

 道化のカーリン

 鬼子セイラス


 現在、魔族五強と呼ばれ、恐れられている者達だ。


「まさかあいつから直接お呼びがかかるとは思ってなかったよ」


 崖の上の少しせり出した場所にしゃがんでいるのは銀狼ギネス。毛が生えた大きな耳は狼のようにぴんと三角に尖り、尻尾も生えている。狼人と呼ばれる種族の出だ。銀色がかった長い髪は高い位置で結い上げている。


「あんただけじゃないわ。魔族五強全員よ」


 ギネスの横で答えたのは、とんがり帽子をかぶった大腕のラガーナだ。黒いマントからグラマーなプロポーションを覗かせる美女だ。


「あのピエロみたいなのが道化のカーリン。ディアンダの横で金魚の糞してる子供が鬼子セイラス」

「へえ? 魔族五強が揃ってるのなんて初めて見たな」


 道化のカーリンはラガーナの言う通り、ピエロのようなメイクと衣装だ。その両脇には巨大な棒状の魔石を浮かせ、自身もその間で浮かんでいる。鬼子セイラスは、まだあどけなさを残している一見普通の少年だ。


「おい、おまえ。ぼくの悪口言わなかったか!?」

「何か聞こえたかしら?」


 セイラスはラガーナを指さして叫ぶが、ラガーナは意に介さずとぼける。


「魔族五強集めてどうする気なんだ?」

「知らないわ」


 魔族五強はただの呼び名であって、組織ではない。一堂に集まるなど本来ない事だ。


「悪いな、ギネス。祭りは派手にやりたかったんだ」


 恐ろしく静かな声が響く。少し暗めの金髪に青白い肌の線の細い美青年。それが魔帝ディアンダ・ンデスだ。


「へえ……? まあおれは金さえもらえれば何でもいいんだけどよ」


 魔族五強に上下関係はないのだが、やはり魔帝と呼ばれる男はどこか違う。華奢でとても若く見えるのに、妙に圧倒される雰囲気がある。


「ラガーナ」

「はい」


 ディアンダが呼ぶと、ラガーナはやや畏まったように返事する。ラガーナはディアンダの右腕だ。多くの仕事は彼女を通して行われる。


「紹介しておきたいやつがいるんだ。ローカス、こっちへ来い」


 ディアンダが声をかけると、後方の木の陰から人影が現れた。その姿が露わになった瞬間、見た者達は驚いた。魔人と呼ばれる者達の中でもかなりの異形。大きな角が二つ、頭の両側に生えている。


「ラガーナ、大角族のローカスだ。こいつを覚えておいてくれ。何か頼む事があるかもしれない」

「……わかったわ。よろしく、ローカス」


 ローカスは黙って会釈する。


「ローカス、後はさっき言ったとおりだ。頼んだぞ」


 ディアンダの言葉にローカスは軽く頷き、再び木の陰に姿を消した。






 昨日から家を空けていたリックは、家に戻り、リビングのソファに座っていた。カノン達はお使いに出かけていて、今はいない。屋敷の庭の手入れをしていたマクが部屋に入ってくる。


「帰っていたのか、リック。どこへ行っていたんだ?」


 マクはリックに声をかけながら、落ちているクッションをソファの上に戻す。リックはマクの方を向き、両手を大きく伸ばした。


「マク、だっこ」

「やれやれ……いつまでたっても子供だな」


 軽くため息をつきながら、長身のリックを抱き上げようとする。だがリックはそのまま抱き上げる事を許さず、マクに抱きついたまま一緒にソファに倒れこんだ。


「おいおい、何してるんだ」


 リックの顔にはいつものように口角を上げただけの笑みが浮かんでいる。マクは体勢が悪くても無理に体を動かしたりせず、リックの好きなようにさせていた。これはいつもの事だ。マクはあからさまな愛情を示したりしない代わりに、大抵の事はそのまま受け入れる。二人はしばらくそうしていた。


「マク……もしわたしが死んだら、カノンの事、頼むよ……」

「……何を言ってるんだ?」


 さすがにマクは体を起こし、リックの顔を覗き込む。


「国境付近の魔人達の事と何か関係があるのか? やっぱりあいつが関わっているのか? 一体何がどうなっている? おれたちの事なんだろう? あいつが怒っているのか? あいつが怒っておれたちに何かしようとしているのか?」


 マクは矢継ぎ早に質問したが、リックはいつものように笑みを浮かべているだけだ。


「リック、わかっているはずだ。あいつに会えたら、おれはあいつにちゃんと説明する。許してもらえなくても、おれは一生あいつにおまえとの仲を許してくれるよう頼み続ける。あいつが怒っているなら、おれが話をつける。おまえが嫌な思いをする事はないんだ。教えてくれ。あいつはどこにいるんだ」


 リックはマクを見て少し表情を緩めた。


「マクらしいね」


 それから再び視線をそらす。


「……あいつがどこにいるのかなんて分からないし、何を考えているかなんて、わたしがわかるはずもない」


 マクはリックにもっと話をしてくれる事を期待したが、リックはそれ以上何も話さなかった。






 空を覆った雲間から、日の光が差す。大腕のラガーナは横目でディアンダの様子を伺いながら、怪訝に思っていた。


 ラガーナが会う時のディアンダはいつも生気のない青白い顔をし、それでいて異様な威圧感を放っていた。目が合うたびに背中がぞっとするような感覚に襲われたものだが、今日のディアンダは少し違うように見えた。やつれてはいるが、目には光があり、微かに笑っているようにも見える。


(この街にいったい何があるの……?)


 答えは分からなかった。魔族五強を集めた事に、大した意味がない事は恐らく確かだ。さっきギネスに答えていた通り、戦争を派手にやりたいだけなのだろう。だがディアンダとの付き合いは長いが、ディアンダがそんな風に考えるなんて今までなかった事だ。


 冷たい風が吹く。突然に、理不尽に、潰されようとしている町を見て、ため息が出た。

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