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カノン伝記  作者: 真喜兎
第二章 朝焼けの神
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19-2.小魚達の襲撃

 ヤマはいつも槍を握っているが、実際にそれで人を傷つけた事は今まで一度もない。


 町の剣道場に顔を出したり、衛兵達の訓練に参加したりして、試合をする事は多くても、実戦に出た事はなく、本気で血を見るまで戦った事などない。この前、国軍の部隊に襲われた時だって、国軍の兵の剣を弾いていただけで、傷つけようとはしなかった。


 それが今、仲間の血を見た事で、さっと血の気が引いた。


「あんたらをぶちのめしてでも、直訴したらあ!」


 傭兵達の中でも気の荒い男が叫ぶ。引いても賊扱い、進んでも賊扱いだ。それを分かっているのか、その男は無茶苦茶に剣を振り回しながら、護衛兵を退けようとする。


「やめろ!」


 ヤマは怒声を上げて、槍の先でどんっと地面を叩く。


「おれはミヨ国王の第六子、テイの子、ヤマ・ノシフカ! トウ伯父さんと穏便に話がしたい! 双方、剣を引いてくれ!」


 護衛兵と傭兵達の動きが止まり、ヤマを凝視する。いつの間にか雪がちらついてきていた。残念ながらトウの護衛兵の中にはヤマと面識のある者がいない。「証拠を見せよ!」などと、叫んでいる。傭兵達は今までその正体を隠していたヤマを、疑うように見ていた。


 その時だった。カノンは不意に感じた事のある異様な気配に気づいた。


「離れろ!」


 思わず叫んだカノンの言葉と同時に、その気配の主が上から降ってきて、大剣を振り下ろす。その剣は上から下に、馬車を破壊した。


「バカな! 馬車が!?」


 いくら大剣とはいえ、剣が馬車を割るなんて聞いた事もない。みな一様に、夢でも見てるのか? と自分の目を疑い、すぐには動けない。馬車の破片がばらばらと飛び散り、その奥で悲鳴すら忘れたトウが意識を失ったのが見えた。


「やれやれ、お偉いさんてのはどこも一緒だな。歯ごたえがないぜ」


 その男は一見普通の男のように見えた。筋肉質ではあるが、身長は百八十あるかというところで、特別大柄なわけではない。年齢は二十代前半頃かと思え、顔は左頬に傷があるが、やや童顔にも見える。短いぼさぼさの髪はどこにでもいそうな男のようで、「よお、また会ったな」と、傭兵達に向ける笑顔は威圧感なく親しげだ。


 しかしそこにいる者達は知らず知らずのうちに手に汗をかいていた。不思議なようだが、威圧感がないところ、そこが逆に異様で、圧倒されていた。この男に逆らえば死ぬ。少なくともカノンはそう感じた。


 男の笑顔に気が緩んだのか、護衛兵が三人ほど男に近づいていく。


「貴様も賊の一人だな? 大人しくお縄につけば乱暴な事はしない」


 護衛兵達はその男が馬車を割ったという事実を頭の隅に追いやってしまったのか、悠長な台詞を吐いて男を取り囲む。


 やばい、とカノンが思った時にはもう遅かった。口の中が渇いて、近づくな、という言葉も出てこなかった。ただがむしゃらに地面を蹴って突き飛ばした護衛兵の一人だけが、尻もちをついて男の剣を回避した。近くにいたヤマも男の異様さを感じ取ったのか、男を取り囲んだ護衛兵を引っ張っていた。ただ剣を完全に避けさせるまではいかず、浅くだが胸から血を吹き出した。


「ほお? 反応のいいのがいるな」


 男は歩いてヤマとの距離を詰める。歩いていたはずなのに、ヤマにとってはそれが一瞬の事のように思えた。気づけば大剣が自分を襲おうとしている。


 とっさに槍の柄で受けた。ギイイインと、両手が痺れる。受け止められた事にほっとする間もなく、大剣が再度打ち込まれてきた。一瞬の思考も許されない。一撃、一撃に死を感じる。


「まあまあ使えるな。だが実戦経験がなさそうだ。ちょっとは外にもまれたほうがいいぜ」


 男は相変わらず歩くようにヤマを追い詰めていたが、不意に打ち込むのをやめて、剣でトントンと自分の肩を叩く。


「ん~そうだな。そこの女。おまえも使えそうだ。ちょっとそいつと死合ってみろよ」


 護衛兵を突き飛ばした後の、膝をついた姿勢のままからうかつに動く事もできなかったカノンは、驚いて男を見上げる。男はにやっと笑って「早くしな」と、あごでカノンに立ち上がるよう指示する。


 カノンは剣を握って立ち上がった。地面に横たわっている護衛兵の死体に腰を下ろした男に、その剣を向けようとは考えきれなかった。それだけの恐怖に襲われている。それでも深く息を吸って吐き、また深く息を吸って吐き、少しでも気持ちを落ち着けた。


 そしてヤマを睨み、なんとか戦う理由を考える。このヤマという男は、トウ様を襲おうとしている男。カノンはぎゅっと剣を握りしめた。


 ヤマは、はっはっはっと荒く息を吐いていた。皮膚を掠めていた死から、ようやく解放されて、今頃震えが来ている。だが、いくら息をしても気が楽にならない。男の視線はいまだに自分に向けられている。睨むわけでもなく、スポーツでも観戦するかのようににこにこと笑っているのが、一層に不気味だ。


 カノンの剣が自分に向くと、ビクッと大きく体が震えた。


「手加減したら、殺すぜ」


 男は応援でもしているような明るい声色で、さらっと恐ろしい事を言う。カノンもヤマも後には引けなかった。ヤマも槍の先をカノンに向ける。だがその切っ先は明らかに震えていた。






 パチン、と指が鳴らされた。


 地面を蹴って、カノンが一気に距離を詰める。一瞬だけ反応の遅れたヤマの槍が突き出される。だがそれは読んでいたかのように、カノンは槍を避けてヤマの懐に入り込んできた。


 身長が百七十ある女とはいえ、それでも女が持つには大きすぎるようにも思える剣が襲ってくる。ヤマはなんとか身をよじるが、それはわき腹の服を割き、小さく血が飛んだ。


 殺意のある剣だ。すなわち実戦経験のある剣。さっきの男の絶望的に死を感じられる剣ほどではないが、やはり死の予感がヤマを掠める。


 カノンの打ち込みをなんとか回避して、一度距離を取ったヤマは、自分でもわけが分からずに、にこっと笑った。


「おれ、まだ死にたくねえよ」


 ヤマの目からは涙がとめどなく溢れていた。


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