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カノン伝記  作者: 真喜兎
第二章 朝焼けの神
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18-1.頬に傷のある男

「ドム伯父さん!」


 投獄された牢の中で、すっかり生気のなくなったドムが振り返る。ヤマは思わず胸が苦しくなった。心酔していたメザと決別し、母親のミヨ国王から厳しい処分を言い渡され、持つ物は何もなくなったドムの影は薄かった。衛兵に金を握らせて、ドムとの面会時間を確保したヤマは牢にしがみつく。


「ヤマ、おまえにも迷惑かけたな」


 ドムは疲れたように大きく息をつく。ヤマはぶんぶんと首を振る。


「おれの方は大丈夫だ。トウ伯父さんがうまく取り計らってくれたよ。ただ傭兵団の奴らは怒ってる。ドム伯父さんにどうにか国王誘拐の嫌疑を晴らしてもらおうとしてる」


 ドムは頭を振った。


「それは無理だ。トウ兄様がミヨ様誘拐の実行犯を捕えたがっているのだ。トウ兄様はわたしに実行犯にすべての罪を押しつけて、自分は監禁までするつもりはなかったと弁明しろと言っている。兄弟の情があるのか、わたしを助けようとはしてくれてるのだ。それに兄様は貴族院議長になる自分の力を強固なものにしたがっている。だから第三王子であるわたしにも後押しを期待している。今やわたしの力など微力だと言うのにな」

「トウ伯父さんがおれを助けた理由もそれか……」


 ヤマは思わず眉間にしわを寄せた。あまり人を嫌ったりしないヤマだが、トウ伯父さんの権力を振りかざした無茶苦茶なやりざまには胸が悪くなる気がした。


(いや、傭兵達からしたらおれとドム伯父さんも同じか)


 ヤマは今まだ行動を共にしている傭兵団の事を思う。もう十人に満たなくなってしまった彼らを、身勝手な理由でいいように利用しようとしていた。かつての北エルフ至上主義、他の人種を貶めていいとする思想はまだ自分達の中に残っていたんだと、痛感せずにはいられない。


「ヤマ、小さなものでいいんだが、おまえ、ナイフか小刀を持っていないか。少し気を落ち着けるためにな、木でも彫ろうかと思ってるんだ」


 ヤマは懐から小刀を取り出す。


「……変な事に使わないでくれよ?」


 ドムの手の平に乗せた時になって、不安な気持ちが出てきて、ドムを心配そうに見る。ドムは少し笑った。


「自殺でもすると思うのか? わたしはそれほど気持ちの弱い人間ではないぞ」


 それならいいけど、と、小刀から手を離す。


「どれ、木切れぐらいなら頼めばくれるだろう。ヤマ、おまえ帰る時に衛兵にでも頼んでいってくれ」


「わかった」とヤマは頷いた。






 カノンは再び国軍に参列するよう求められていた。ハマは今度こそそれをやめさせようとカノンを強く説得したが、カノンは落ち着いた様子で、「わたしは今は鷹常様の命で、この国に協力するよう言われてるから」と言って、従軍するために歩いていった。


 カノンの後姿は剣を振っているだけあって、引き締まってすらっとしていた。身長も百七十になり、もうすぐ十七になる体は大人のものと変わらなくなっている。だが、とハマは今までのカノンの表情や言動を思い出して頭を振った。


 不満を感じるとすぐ顔に出るところ、それを隠そうとしても隠しきれないところ。すぐ口をへの字に曲げるのはかわいらしくもあったが、同時に苛立たしさも感じた。カノンはまだまだ子供なのだ。その子供っぽい性格が、貴族院の者達に利用されようとしている。


 ハマはもう不安の中で待っているのはやめようと思った。カノンが戦い、襲われる夢が現実になるのなら、自分がそれを阻止しよう。


 春を迎えたというのに、まだ冷え込む気候にすら苛立ちを感じながら、服を着こんで部屋を出た。






 ヤマのもとに「ドム伯父さんが自害を図った」という情報が飛び込んできた。それを知らせたのは兄のブコで、うろたえているヤマの前で眉間にしわを寄せながら話し出す。


「実は不穏な噂も耳にした。ドム伯父さんは自害を図ったのではなく、殺されようとしたのではないかと」

「な、なんだと!? トウ伯父さんにか!?」

「いや、それは考えにくいかな……。トウ伯父さんはドム伯父さんを助けるために、いろいろ根回ししていたようだし……」


 とにかくドム伯父さんは無事なんだな? と焦りながら言うヤマの言葉に、ブコは一応は頷く。そしていつもの愛想のいい顔は見せずに、きつい目つきでヤマがまだ繋がっている傭兵達の事を尋ねる。


 ヤマは首を振った。


「ミヨ婆ちゃんを攫った犯人は奴らじゃない。もちろんおれも関わっちゃいない。話してみれば気のいい奴らだ。あいつらにこのまま婆ちゃん誘拐の罪を押しつけるなんて、おれにはできねえよ」






 ドムが自害を図ったとされた日の前日、わずかに残った傭兵団のもとへ、一人の男が現れていた。短い金色の髪と金色の目、左頬に傷のあるその男はにこにことしながら、古い民家に潜伏しているニルマ達の前に現れた。


「おれはこそこそと隠れているような奴らを見つけるのは得意なんだ。おまえらだろ? この国の国王を攫ったってやつらは」

「違う、おれ達は……」


 その男の正体を訝しみながらも、ニルマは自分達の置かれている状況を説明する。


「なるほどねえ。おまえらは騙され、ドム・アスアガってのに報復したい。が、死んでもらうのも困ると」


 ニルマ達が頷くと、男は考えるように頭を捻る。


「ドム・アスアガってのは、確かミヨ国王の第四子、つまり王子だな」


 ニルマ達は男の台詞を聞いて、驚いたように目を丸める。


「なんだおまえ達、王子だって事、知らなかったのか? だがまあこの国じゃあ、王子って身分を特別扱いはしていないって話だ。狙うのもそう難しくもないだろう」

「……なぜあんたはそこまで知ってるんだ?」


 ニルマが改めて男を不思議そうに見ると、男はにやっと笑う。


「おれはこれでも勉強家でな。たいていの国の情勢や要人の名前は頭に入ってる。国王誘拐の件は市民には知らせていないようで、調べるのに苦労したがな」


 男はしばらくニルマ達の顔を見回して話をしていたが、最後に膝をぽんっと叩いた。


「ドム・アスアガへの報復、おれが請負ってやるよ」

「なんなんだ、あんたは。どうしてそこまでしてくれるんだ」


 ニルマの問いに、男は笑って、「おれは北エルフの王家に用があるだけさ」と、答えた。


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