17-2.ドムの敗北
カノンが自分は戦わなかった、見ているだけでいいと言われてしまったと伝えると、ハマはあからさまにほっとしたような様子を見せた。
なんとなくそれに苛立ちを感じたが、自分を心配してくれている人に対してその態度を見せるのはさすがに違うと思い、極力感情を抑えた。軽く頭を下げて、このまま部屋の前でハマの護衛につきますと伝えると、ハマは「何を言っている」と苦笑した。
「おまえは今まで国軍の部隊に並んでいたんだ。今はもう休む時間だ」
「しかし交代の者が来るまでは……」
カノンがそう言うと、ハマはカノンに部屋の中へ入るよう促した。
「どうしてもわたしについててくれると言うのなら、少し話でもしよう。飲み物は何がいい? 温かいお茶? それともココアがいいか?」
カノンの返事を聞く前から、座る場所を整えてくれているのを見て、カノンはしかたなくその椅子に座る。なんとなく甘いものが欲しくなって、ココアを頼む。すると、ハマは侍女を呼ぶ事なく、わざわざ自分でココアを入れてきてくれた。
ココアはこの国では高級品だが、カノンはそれを知らずにただその甘さにほっと一息つく。ハマはそんなカノンを笑みを浮かべて見ている。
ハマは自分の生い立ちを話しながら、上手にカノンの話も聞いてきた。カノンは少し気が緩んで、ついつい話し出す。母親の事、育ての父親の事。特に母親が傭兵だったという話を聞くと、ハマはようやくカノンが戦いたがる理由に合点がいったという風にため息をついた。
「嫌な、夢を見るんだ。飛んでくる魔石と矢がおまえを襲う夢。だからわたしはおまえに戦場に出ないでほしい」
カノンは夢なんか当てにならないという顔をする。ハマはそれでも静かに言葉を続ける。
「それに、何か恐ろしいものや、大きなものが現れる気がする。それが何なのかは分からないが……」
カノンはその台詞は聞き流した。ただ「気がする」というあいまいなものを何の理由もなく信じられるほど、このハマという青年の事を信頼しきっているわけではない。
ハマは自分で暗くした雰囲気を取り払うように、「そうだ」と思いついたように表情を明るくした。
「もちろん明日でなくても構わないのだが、今度、朝焼けの神に祈りに行かないか。礼拝堂で水平線から日が昇るのを見るんだ。美しい朝焼けを一緒に見よう」
それが北エルフにとってのプロポーズにも等しい言葉だとは知らず、特に断る理由もないと考えて、カノンは「ええ、いいですよ」と答えた。
それからしばらくバタバタした日が続いた。いや、カノンはハマの護衛についているだけでそう忙しくもなかったのだが、城の内部が騒がしかった。ミヨ国王を監禁していた者達が明るみになり、それを糾弾するために連日議会が開かれていた。裁判になっていないのは、その犯人達が大物の貴族ばかりだからだ。貴族達はそれぞれに、誘拐ではない、ミヨ様には次期国王の選抜に静かなる場所を提供していただけだ、と無茶苦茶にも思える弁明をしていた。
そうしている貴族達を、ミヨは「お黙り」と強い視線を向ける。
「確かにわたしは自分の考えをまとめるためによい場所が欲しいと言った。しかし気づけば監禁されていたのも事実だ。わたしがこもっている間にそのまま監禁するように指示した者がいるはずだ」
ミヨがそう言うと、貴族達の視線が議員席の端に座っているドムに集中する。発言を求められたドムは、ゆっくり立ち上がり、冷静な顔ではっきりと「わたしではありません」と答える。
「わたしがミヨ様を監禁した者達に気づいたのは、ミヨ様が行方不明になられて二日後のことです。ただその後翌々日までそれを黙っていた。それは確かにミヨ様監禁に加担していたと言われても仕方ありません」
議会内の貴族達がざわつくと、前の席に座っていた男が発言しだす。
「そんな言葉は当てにならないなあ? わかったのはおまえが母様監禁に関わっていたという事だけだ。おっと失礼、ミヨ様」
細身でミヨ似のドムと違って、太い体と丸い顔のその男は、ドムの兄、トウ・ヤンク・セーシェルだ。ドムは九つ違うその兄を、眉間にしわを寄せて睨む。
「トウ様、他人事のように言わないでいただきたい。あなたもミヨ様監禁に関わっているはずだ」
場内が再びざわつく。トウはにやついた顔で首を振った。
ドムはトウ・ヤンクを追い詰める事はできなかった。メザ達市民党との繋がりを疑われないため、誓約書そのものを提出する事もできず、ビタルートら貴族はなんのかんのと言い訳をしてその場を免れた。結局すべての矛先はドムに向いた。
トウは敗北したドムをせせら笑うように見ている。そして「うまくごまかせましたね」と耳打ちしてくる隣の者の言葉に頷く。
「あいつは母様の方針にのっとって、王子という立場を利用せずに生きてきた。根回しの良さならわたしの方が上さ。ビタルート達もわたしと繋がっている。わたし達を失脚させるなんて無理さ」
ミヨはふんぞり返っているトウと、うなだれているドムをしかめ面をしながら見ている。ハマの夢では自分が監禁された時、トウらしき男もいたというのだが、まさか夢を証拠に出すわけにもいかない。
ミヨは自分の力の無さを悔やんだ。この国はまだまだ貴族の力が強い。国王誘拐なんて、国を揺るがすような事件でさえ、こうして貴族達の手の平の中に収まろうとしている。
その時、市民党として仮の議席を与えられていたメザが立ち上がった。ミヨは一瞬メザの発言が、この貴族院の体制に何か一石を投じるものになるかと期待したが、メザはトウを支持すると表明しただけだった。それを聞いたミヨはがっかりしつつも、それは仕方のない事かと肩を落とした。
まだ生まれた小鹿のような市民党は、力のあるトウや他の貴族達に疎まれないためにうまく立ち回らなければならない。逆にそうできる機転がなければ、これから生き残っていくなんてできない。
ミヨは宣言した。
「ドム・アスアガ・セーシェルは追って処分を言い渡す。なお、ビタルート、メーディール、レーギンスらなど、この件に関わっていた者達も、責任を追及していく」
議会はざわつきを持って終わった。




