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カノン伝記  作者: 真喜兎
第二章 朝焼けの神
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15-1.ディアンダの思い出

 ディアンダは眉間を押さえて目頭を熱くさせた。


 五十年前のシュヤとの出会いは今でも思い出す。シュヤの目に映る光が狂気を帯びている事、なぜかディアンダにはすぐわかった。この女は放っておけばすぐにでも死ぬ。それなら生贄・・にちょうどいい。ディアンダは娘シュヤの護衛を依頼してきたシャルゼに、シュヤをくれと言った。


 ディアンダはその後、非常にイラついた日々を過ごす事になる。なにしろこのシュヤという女、簡単に守らせてはくれないのだ。後ろにいろ、と言っても、いつの間にかあっちの方向に飛び出している。おれから離れるな、と言うのに気づけば敵に囲まれている。あまり感情を表に出さないようにしてきたディアンダも、声を荒げている事がよくあった。シュヤはそんなディアンダに怯みもせず、真っ向から感情をぶつけあった。


 シュヤの奇行のせいとはいえ、生のままの感情をあらわにするディアンダを見る周りの目も変わってきた。最初は魔人、それも魔族五強と恐れていた者達も、普通の少年のように怒り、礼を言われると照れた素振りを見せるディアンダを、本当の仲間として接するようになった。ディアンダにとって思いもしなかった居場所が、そこにできていた。


「あの頃に戻れるのなら、死んでもいい」


 ディアンダは自分で描いたシュヤの絵を見ながら、一人そう呟いた。






 獅子(しし)は再び市民団のアジトに来ていた。市民団がデモに向かい、一人暇そうに飲んでいる大角のローカスに、市民団の仲間を装って近づく。


「あなたは……行かないのか?」

「ん? ああ、魔人は留守番していてくれと言われてな。わたしの他にも残っている者がいるだろう?」

「ああ……」


 獅子は慎重にローカスの前の席に座る。


「……これはおれの勘なんだが、あなた方魔人はまだ元の雇い主……貴族院の者と繋がっているのではないか……?」


 ローカスの目がきらりと光り、獅子をじっと見つめる。


「……貴族院とかいう者かは知らないが、確かにわたし達はデモの最中に市民団を攻撃しろと言われている」

「……簡単に白状するな」


 獅子はあっさりと口を割ったローカスに少し呆れる。ローカスは軽くため息をつきながら、背もたれに背を預けた。


「わたしとしてはせっかく仲間になった者達を裏切る事になるからな。気は乗らないんだ。ただ前金はもらってしまったんだよなあ」


 獅子はローカスを見据えて尋ねる。


「それを依頼してきた者の名は分かるか?」

「……後から仲間になったやつだ。北エルフのヤマ・ノシフカとか言ったかな」






 ヤマ・ノシフカは、槍の名手で、ミヨ国王の孫だ。一度、ハマやカノン達を市民団に誘いに来ていた男だ。歳は二十六。ヤマは槍を抱えながら、机に向かって事務作業をしている自分の伯父を見る。


「ドム伯父さん、いいのかい? 市民団のデモを襲う事、メザさんには内緒なんだろ?」

「……メザ殿はまっすぐ市民の意思の象徴であればよいのだ。汚れ事はわたしが引き受ける」

「それで貴族院と取引したってわけかい? 貴族院も貴族院だ。節操がないったら」

「あの人達はミヨ様が退位さえすればいいと思ってるのだ。その後はトウ兄様が王位につき、貴族院を重宝してくれると思っている」


 ヤマは首を傾げる。


「ドム伯父さん達はトウ伯父さんが次の国王でいいと思ってるのかい?」

「ミヨ様はだいぶ前に王位継承は世襲制でなく、国王の指名制によると法律を変更した。トウ兄様は貴族院議長の座を約束されている。貴族院の者達は知らぬ事だが、トウ兄様には次期国王を別に選ぶという話は通してあるのだ」

「へえ? じゃあ何もすぐにミヨ婆ちゃんを国王の座から引きずり降ろさなくたっていいんじゃないのかい?」

「メザ殿は形だけでも次期国王の選出に市民党が同意したという(てい)を取りたいのだ。市民党がこのモルゲン王国のあり方に関わっていく上で重要な一歩になると考えておられる」

「ふうん?」


 ヤマは小難しい話だとでも言いたげに首を傾げる。ドムは指を組んだ上に顎を乗せて、視線を落とす。


「魔人共を使って、国軍に賊徒討伐という名目を与えてやるのだ。そうする事で、国軍の目的を市民団制圧から賊徒討伐に持っていく。それで市民団は国軍に攻撃されない。そして貴族院の当初の目論見通り、ミヨ様誘拐の件も賊徒の仕業にする。その代わりに市民党を設立する事を貴族院も認めると約束したのだ」

「なるほどねえ。そんな上手くいくのかなあ?」

「大角の魔人がいたろう。あれはいい。一目で魔人と分かる。あれが襲撃してそれを撃退するのに異を唱える者など誰もいまい」


 ヤマは軽く息をついて、やはりそんな上手くいくもんかなあ、と天井を見ながら考えていた。






 ハマは夢を見ていた。丸い魔石が飛んでくる。赤い魔石は炎を発生させ、黄色い魔石は衝撃波をまといながら、金色の髪の少女を襲う。その金色の髪の少女がカノンである事はハマにはもう分かっていた。夢の中の自分がカノンの名を呼ぶ。


 カノンに向かって矢が飛んできているのが見える。夢の中の自分がまたカノンの名を叫ぶ。赤い血しぶきが飛んだ。


「はっ!?」


 ハマは目を見開いた。気づけばカノンは消え、辺りはいつも見る何もない空間の夢になっている。どこからか人の話し声が聞こえる。男と女の声のようだ。


「ミヨ……わたしはおまえと添い遂げたかった……」


 三十歳頃と思われるミヨが顔をしかめて、その男を睨む。


「ピサ・アペニ・ノーヴィリーグレ! 貴様、白エルフの予知の力を王家などのために……!」


 それ以上の言葉はハマには聞こえなかった。






 ピサ・アペニ・ノーヴィリーグレ。その男は五十年前、魔族五強と呼ばれていた男で、北エルフの国よりさらに北側の山の中に隠れ住む白エルフという一族の出だった。


 ミヨは思い出す。その男は当時のモルゲン王家に加担し、ミヨ達に苦戦を強いてきた。だがその男は最後には王家を裏切り、そして同時にミヨら革命軍の象徴ともなっていたシュヤを殺した。結果的に戦姫と呼ばれたミヨが名実共に革命軍の象徴となり、ミヨは王座に就いた。


 国外逃亡を図ったピサ・アペニ・ノーヴィリーグレは、ミヨと新しく設立された貴族院の共同作戦により、討伐された。


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