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カノン伝記  作者: 真喜兎
プロローグ
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1-3.父と母

 四年半後、リック、マク、カノンの三人は、小国クルド王国の国境沿いの町にある少し広めの家に住んでいた。カノンの父親が用意してくれていた家だったが、そこに父が姿を現した事はなかった。


 カノンは十六歳になっていた。十一歳の頃は少し小柄にも思えた身長だったが、この四年半の間にぐんと背が伸びた。それでもまだまだ子供としか言えない年齢だが、リックに仕込まれ、剣の腕はかなりのものになっていた。


「おい、カノン。こんなところで何してる」


 裏庭の家の陰に隠れていたカノンを、マクが見つけ出した。日陰の冷たい土に、お尻が汚れるのも構わず座っている。もう今では体の一部とも言えるほど肌身離さず持っている剣を抱えながら、ぶすっとした顔で振り返る。しかしすぐに視線をそらす。


「もう先生が来る時間だろ」


 マクが言う先生とは家庭教師の事だ。マクとリックにあまり学はない。父親が手配してくれていたものの一つだ。


「なんで勉強なんかしなくちゃならないんだよ」


 カノンは勉強嫌いの子供のようなセリフを吐く。だがカノンの場合、勉強が嫌でそんな事を言ったわけではない。カノンがふてくされているのはリックがいないせいだ。


「母さんはどこ行ったんだよ。最近いつもでかけちゃっていないじゃないか」

「あいつにもいろいろとやる事があるんだろ。さあ、わがまま言っていないで立て」

「なんだよ、剣の相手してくれるって言ってたのに……」


 ぶつぶつ言っている文句には取り合わず、マクはカノンの腕を引いていく。


「先生、もういらっしゃってたんですか」


 部屋にカノンを押し込むようにしながら、マクは部屋の中にいた女性に会釈した。


「マク様、カノン様、ごきげんよう」


 柔らかな物腰で挨拶する先生の奥の席に、少年と少女がいた。その二人の名はラオとレイア。双子の兄と妹で、カノン達と同居し、カノンの従者として付き添っている。


 この二人も一年ほど前にカノンの父が手配したものだ。と言っても、当の父親本人はその時も姿を現していない。二人とも黒髪の童顔で、少し幼く見えるがカノンより二つ年上だ。


 カノンはこの双子がちょっと苦手だった。二人とも優しい性格ではあるのだが、非常に頭がいいため、学に関してはまったく追いつけない。そして何かちょっとした事でも諭され、なだめられて、子ども扱いされてる気分になるのだ。


「カノン様、こちらへどうぞ。お喉は乾いていませんか? お茶をお持ちしましょうか?」


 妹のレイアは、カノンが気を使いすぎると思うくらいの言葉をかけてくる。


「いや、いいよ。早く始めよう」


 兄のラオは「こちらにどうぞ」と椅子を引いてくれる。やはりカノンは気を使いすぎだと思いながら、椅子に座り本を開く。本に目を落とす前に、カノンは部屋を出て行こうとしているマクに向かって叫んだ。


「マク! 後で母さんがどこ行ったのか教えてよ!」

「……あいつは多分、おまえの父親を捜してるんだと思う」


 マクは聞き取りづらい小さな声でそう言って、部屋のドアを閉めた。


 カノンは本当の父親に会いたいと思う事は特になかった。この四年半の間、いや、十六年間、一度も会った事がないのだから当然だ。父に会うためにこの国に来たとはいえ、母のリックも再会を待ち望んでいる風など全くなく、わざわざ父を探しに行く事などなかった。それなのになぜ、今になってその父を捜し始めているのか。


 四年半前と違い、リックとマクの関係が本物になった事を、なんとなく肌で感じる。そのせいかマクもカノンの父に会う事に戸惑いを感じているようだ。リックとマクの関係が安定した事で、リックは心なしか優しくなり、カノンと向き合う時間が増えるようになっていた。


 十一歳の頃まで満たされる事のなかった何かが、ようやく埋まり始めているようなこの時に、父親の登場など望んでいなかった。






「先生、最近、国境付近で怪しげな勢力があるという噂があります。帰り道お気をつけて」


 先生を見送りがてら、マクはそう言った。


「戦いになるのか? そしたらわたしも行っていいか?」


 先生が遠ざかったのを見届けて、カノンは聞いた。マクは薄い眉をしかめる。


「……わかっていると思うが、おれは基本的に反対だぞ。殺し合いなんて好き好んでやる事じゃない」

「でも母さんは行くんだろ? そしたらわたしも行っていいんだろ?」


 マクは沈痛な面持ちをして視線をそらす。


「……集まっているのは、ほとんど魔人らしいんだ」

「そうなのか? でも戦うのに魔人かどうかなんて関係ないだろ?」


 普通の人間と魔人と呼ばれる人種は、特別敵対している訳ではない。もちろん諍いが起こる事はあるが、種族の存亡をかけて戦いあう事はそうはない。争いあうのが普通の人間同士という事も多々あるのだ。だが今回は魔人が相手のようだ。


 マクはゆっくり家の中に向かって歩き出した。何か考え事でもしているかのように、表情を曇らせている。


「おれはどうすればいいのか分からない。あいつが何を考えているのかも分からない」

「母さんの事?」

「いや、二人ともかな……」


 カノンは意味が分からないままに、マクについていった。マクはリビングルームに入り、大して歪んでいるわけでもない置物を置き直したり、きれいにかかっているソファのカバーをかけ直したりしている。考え事をしながら家事をするのはマクの癖だ。家事は基本的にマクの仕事だ。カノンや双子も手伝うが、大体いつもこぎれいにしてある。


 マクは振り向きもせず、不意に沈黙を破った。


「おまえの父親の名前、教えていたかな?」

「いや、聞いてないよ」


 カノンは即答し、そのあと「あまり興味もないし」と付け足した。


「おまえの父親の名は、ディアンダ・ンデス。魔族五強の一人。多くの魔人を統括する『魔帝まてい』だ」

「……は?」


 カノンはマクをまじまじと見つめた。マクはカノンの方は見ずに、窓枠の埃を取っている。そして静かに呟く。


「あいつらは肝心な事は、おれに何も話さない。だからおれはいつもどうすればいいのかわからないんだ」


 カノンにマクの思考は読み切れなかった。驚愕すべき名前が出たような気がするが、話を続ける素振りを見せないマクを見て、その名前の意味を考える事を止めた。

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