14-2.女帝シュヤ
獅子から賊徒は市民団となり、近日中にデモが行われるということを聞いた鷹常は、まつげを伏せて頭を振った。
「そうなるとそれはこの国の機微に関わる事……。わたくし達が下手に手を出す事ではなくなる……」
「それですが、貴族院の者はあのカノンに市民団討伐に参加させるつもりのようです」
「なんですって?」
それには鷹常よりも、隣にいたラオとレイア、けやきが驚いた。獅子は膝をついたまま話を続ける。
「鷹常様はこの国で五十年前、女帝と呼ばれた女性を知っていますか?」
鷹常が「聞いた事があります」と頷くと、ラオとレイアが口を開く。
「戦姫と呼ばれたミヨ様を差し置いて、女帝の名で呼ばれた者……確かシュヤ・アイゼナハという名前だったと思います」
「当時冷遇されていた女性達による兵団を組織し、その先頭に立って戦場をかき乱していた事から、皮肉を込めて女帝と呼ばれるようになったとか」
「貴族院はカノンをその女帝になぞらえて、今回のデモ討伐のシンボルとするつもりのようです」
「え? どういう事ですか……?」
けやきが心配そうに尋ねると、ラオが少し考えるように顎に手を当てて喋りだす。
「本質がどうであれ、市民団と名乗った者達をただ一掃する事は国民の心証を悪くする。だが国軍の中にかつての女帝のような市民の代表がいれば……」
「女帝は丸耳のハーフエルフだったという話だし、カノン様を使って市民寄りの国軍だと示したいのかもしれないわね」
けやきは「そんな……」と視線を落とす。
「カノン様はこの国の市民ではないのに……」
「それは後でどうとでも捏造できると考えているのでしょう。実際、今カノンが護衛についているハマ・サイエという青年といい仲のようですし」
「え!? そうなんですか!?」
獅子の言葉に特にラオが取り乱したように驚く。カノンとハマ・サイエの事には言及せず、鷹常は獅子に尋ねる。
「ミヨ様はどう考えておられるのでしょう?」
「女王陛下は今回の貴族院の動きを止める様子はないように思えます」
まだショックが抜けきっていないラオだが、それでも頭を捻らす。
「市民団の要求はミヨ様の退位ですからね……。貴族院の動きを止める事は、市民団の要求を容認する事になると考えておられるのかも……」
「でも市民団を傷つける事は、ミヨ様の印象を悪くする事にも繋がるわ。何も対策を考えてないとは考えたくないけど」
レイアがそう言うと、鷹常はゆっくりと頷く。
「カノンの事に関してはこちらから協力すると言ってしまった以上、今さら引っ込める事もできませんし、とりあえず様子見しましょう。ただ情報収集だけは続けてください」
「御意。おれはもう一度市民団のアジトへ行ってみます。ちょっと気になる事があるので……」
獅子はそう言って部屋を出ていった。
シュヤ・アイゼナハの父親はシャルゼ・アイゼナハ。丸耳のハーフエルフで五十年前のミヨの側近だった。
シャルゼの妻は長耳だったが、娘のシュヤは丸耳だった。シュヤは美人で気立てがよく、おしゃれにも気を使い、丸耳であってもハーフエルフの村では人気者だった。
しかしモルゲン王国とエリトリーアの戦争の最中、シュヤ達のいた村に荒くれ者達が入り込んだ。モルゲン王国の雇った人間の傭兵団で、その村は見せしめのように老若男女問わず殺された。
村が襲われた時、シュヤは母親に棚の中に隠され、母親だけが襲われた。母親は外に連れ出され、命を奪われた後もその荒くれ者達に凌辱された。母親を凌辱している荒くれ者が一人だけになった時、シュヤはその荒くれ者の後ろに斧を引きずって立っていた。そしてその斧を振り上げた。
普通の女の子だったシュヤに、一撃でその荒くれ者を絶命させる力はない。シュヤは何度も斧を振るった。
シャルゼがシュヤの元に駆け付けた時には、シュヤは歪に首のもげた死体と母親の骸の前でただぼーっと座っていた。
それからだった。シュヤが華奢な体に似合わぬ剣を握り、戦い始めたのは。
ミヨは襲われ占拠される村や町を解放しながら戦っていた。味方の犠牲を抑え、効果的に攻撃を仕掛けようと作戦を練り、攻撃しようとしたところで、シュヤが無茶苦茶に剣を振り回しながら飛び出していく。作戦も何もあったものではなかった。
シャルゼの娘を見殺しにする事もできず、ミヨの部隊は慌てて攻撃を開始する。それでもシュヤの命があったのは奇跡のようなものだった。いや、みなそこに奇跡を見た。十六、七にしかならない少女を先頭にミヨの部隊が戦果を上げていく。狂人の持つカリスマ性に、いつの間にか家族を失くした女達が集い、男達もまた、戦場に現れた女神だとシュヤを神格化し始めていた。
ミヨは作戦を乱すシュヤを忌々しく思っていたが、シュヤが女や兵士達の精神の支えとなる流れを止める事はできなかった。特にシュヤが朝方誰よりも早く起きて、北エルフが信仰する女神、朝焼けの神に祈りを捧げている姿は人々の心を打った。
シャルゼは娘がひたすらに死に急いでいる事に、大きな不安を持っていた。誰の説得も聞かない。シュヤは尊厳を握りつぶされた母のため、理不尽に家族を奪われた女達のために、狂気に身を浸していた。
そしてシャルゼはまったくの偶然に、ディアンダに出会った。魔石と言われる石を使う事で、それぞれの色に応じた魔法を使う事のできる魔石使いの魔石の色は、一人につき一色から多くても三色。その中でディアンダは七色もの魔石を持ち、様々な魔法を操る事ができた。ディアンダは当時の魔族五強を倒したところで、魔族五強、七色のディアンダと呼ばれ始めていた頃だった。
何を思ったかシャルゼは魔人であるディアンダに縋った。戦場に飛び出していく娘を守ってくれと、ディアンダに頼んだのだ。ディアンダもその時はまだ十八の少年だった。渋々シャルゼについてきたディアンダはシュヤと目を合わせた途端に言った。
「この女の命を守る代わりに、この女をくれ」
シャルゼは驚いたが、シュヤが死んでしまうよりマシだと考えてディアンダの言葉に頷いた。




