14-1.女帝シュヤ
獅子はメザ・アタク・ムカラーとドム・アスアガ・セーシェルの後をつけて、市民団の拠点となっている古い屋敷に来ていた。一度、憲兵隊と交戦した事により、アジトの場所が変わっている。薄暗い屋敷の中を、獅子は傭兵達に紛れて入っていく。傭兵達の中には丸耳で黒髪の者も多くいたため、獅子が紛れても怪しまれはしない。
屋敷の奥に来ると、数名がテーブルを囲んで話していた。彼らは酒を飲みながら談笑していたが、メザとドムが来ると話を止めて二人を見た。
「また憲兵隊、もしくは国軍が来る可能性がありますが、その時はこちらから手を出さず、向こうの出方を待ってください」
男達はそう言うメザの台詞をからかったり、難癖つけたりしている。男達の内の一人が椅子に体を預けて、足をテーブルの上にあげた。
「それよりもさあ、あんた達が真の雇い主って事でいいのかい? 最初とはどうも違う感じがするんだがな」
「……最初の雇い主のままなら、おまえ達は賊徒扱いされて殲滅されるのがオチだぞ」
ドムは行儀の悪い男を睨みながら言う。
「はっ! やっぱり貴族のお偉いさん方のきな臭い陰謀があったんだな。反吐が出るぜ」
「ギブソン。足を下げろ。酒がまずくなる」
頭に二本の大角を生やした魔人の青年が、足を上げている男に注意すると、男は「おっとわりいな、ローカス」と言って足を下げる。
「後日我々は役所の前の広場から城にかけて、デモを行います。その時の国の対応によっては、君達の力を借りたい」
「それは金次第さ」
「報酬は用意しますよ」
貴族側に雇われて傭兵を募っていた丸耳の傭兵団長は、メザ達に北エルフの貴族達の思惑を指摘されると、傭兵達の反乱を恐れて逃げ出した。代わりにこのギブソンという男を中心としたグループが、傭兵達をまとめていた。メザとドムはギブソンが正式な傭兵団長になる事に同意し、その場を後にした。
メザとドムの視線を避けるため、獅子は別の廊下に入る。そこで部屋からあぶれ、廊下に座っている青年の足にぶつかった。
「あ、すまない」
丸い形の魔石を磨いていた青年は黙ってうなずく。獅子は不審がられない程度に距離を置いて、またメザ達の後を追った。
北エルフの女王、ミヨは五十年前の北エルフの戦争を思い出していた。今はこのモルゲン王国に統治されている属国、エリトリーアとの紛争だった。
昔のモルゲン王国の貴族達は北エルフ至上主義であり、他の人種や混血であるハーフエルフを見下していた。ハーフエルフの多いエリトリーアは北エルフの国と認められない割に、政治的、経済的に強い圧力を受けており、その不満はミヨが二十代半ばの頃から表に出てくるようになった。
その頃のモルゲン王国はひどい男尊女卑の社会でもあった。貴族の娘などは政略結婚の道具でしかなく、嫁入りが決まらなかった娘は最悪娼館に売り飛ばされる事もあった。ミヨは国王である父に疎まれながらも武術や馬術を習いながら育ち、男勝りに生きてきた。しかしそれでも年頃になるといくつも年上の有力貴族と結婚させられ、子供も六人産んだ。
六人目が生まれる頃、ミヨの夫が事業で失策し、貴族社会の中で冷遇されるようになった。以前から貴族中心の社会に辟易していたミヨはエリトリーアに加担し、父王と対立する道を選んだ。
特に弓術に優れていたミヨは積極的に戦闘に参加した。最初はエリトリーアの地位向上、不平等な交易の改善などを求めた戦争だったが、重い税制に苦しむモルゲン国民達も声を上げ始め、内紛の様相を呈していく。そしてミヨを中心とする組織編成がなされ、当時のモルゲン国王カラ・ボカーズ・ウスチュルトーを打倒する事が目的になっていった。
本格的な紛争が始まる前にミヨは父王と対峙していた。父王は滅多に笑う事のない、死んだ魚のような目でミヨを見下すように嘲った。ミヨはその父に似てなくてよかったと心から思いながら、同じく感情のない目線を父に送る。
「男と変わらぬと申されるか、父上。それはお褒めの言葉と受け取ってよろしいのでしょうね。女の身に生まれついた事が男に劣る理由ではないという事になりますね」
父王は眉一つ動かさず、ミヨのその台詞を小馬鹿にした。ミヨは完全に父王との決別を誓った。
八十二歳になったミヨは、少し眉をひそめながらそれを思い出す。その五十年前の記憶を思い出したのは、ディアンダの面影を持つカノンを見たせいだ。
「あの戦争は市民の力を取り戻すものであったと同時に、女性の尊厳を取り戻す戦いにもなった。そうなったのはあの女……シュヤ・アイゼナハのせいだ」
当時、まだ十代の女の子であったシュヤ・アイゼナハの隣には、後に魔帝と呼ばれるようになるディアンダ・ンデスの若き日の姿があった。
モルゲン王国とエリトリーアの戦争から、五十年たった現在のディアンダは隠れ家のある森の中で絵を描いていた。ディアンダは今も、若い時の姿から変わっていない。違う点があるとすれば、少しやつれて、髪が長く伸びている事くらいだ。
ディアンダが描いているのは戦場に立つ女性だ。緩くウエーブのついた焦げ茶色の髪に、狂気すら漂うほどの意思の強い目。可愛らしい顔と華奢な体に似合わぬ鎧。そしてそれを飾るようにフリルやリボンのついた服が覗く。
「女であると分からせなければ意味はない」
その女はそう言って髪を振り乱し、まともに扱えもせぬ剣を振り回していた。
ハマの護衛についていたカノンの元に、貴族院の者が現れた。その者はカノンに賊徒討伐に参戦するように求めてきた。国軍にハーフエルフや人間の兵を入れる事によって、国軍は市民の意思を反映したものであると示そうとする思惑だった。
ハマは反対したが、カノンは頷いた。その顔によくわからない笑みが浮かんでいるのを、ハマは一瞬だけ見た。
カノンは参戦を止めさせようと説得してくるハマを振り切って、窓から空を見上げた。
「やっと、母さんに会える……!」
カノンは薄暗くなった空の月にかかる雲を見ながら呟いた。