13-1.ミヨ国王
冷たい風が吹く中をカノンは顔を背けるようにして立っていた。突然に愛の告白をしてきた年上の青年に、どう対処していいのか分からず、気まずい沈黙が続いた。
「カノン」
名前を呼ばれて、カノンは少し体を強張らせる。
「なんですか」
「考えてほしい」
カノンは顔をしかめたまま、ハマと目線を合わせない。
「わたしはまだ十六ですよ……! あなたはわたしより年上でしょう……! わたしみたいな子供に……!」
「たったの三つ差だ」
ハマはカノンの下手な反発を一蹴する。カノンは言葉に詰まってますます顔をしかめた。
頑なに体を強張らせているカノンを見て、ハマは一度息をついて気を落ち着けた。すぐによい返事を聞く事はできないと察して、カノンに別の話題を振る。
「……ミヨ様を攫ったと言われた賊徒……それを否定し市民団としてミヨ様の退位を迫る声明を発表した」
「どういう事です?」
「ミヨ様を攫った者は別にいるという事だ。そしてその声明を受けてかは知らないが、メザ・アタク・ムカラー様と、ドム・アスアガ・セーシェル様がその市民団に加担すると宣言した。しかし有力な貴族達はその市民団を賊徒と呼び、討伐したがっている。少し危ない。戦闘が起きるかもしれない」
カノンは戦闘という言葉に反応した。素振りの途中だった剣を軽く振って鞘に戻す。
「それ、わたしも参加させてもらう事はできるんだろうか」
カノンは半分独り言のように言った。しかしハマはそれを聞き取ってカノンに詰め寄る。
「バカな……! なぜおまえが戦闘などに行くのだ! おまえは女の子だろう!?」
「わたしは……」
カノンはハマを見つめた。
「わたしは傭兵だ。戦いがあれば、それに参加したいと思うのは当然だ」
「傭兵だと……だから剣を握っているのか」
ハマは理解できないというように首を振った。
「わたしは本物の戦いなど知らないが、命の危険もあるのだろう。そんなところに好き好んで行くなど……」
「理解してほしいとは思いませんよ」
今度はカノンがハマの言葉を一蹴する番だった。カノンはハマの気持ちに応える事などできないし、言葉通り自分の生き方を理解してほしいとも思っていない。ハマに背を向けて西棟の宮殿に入っていく。
「カノン、わたしの気持ちを忘れないでくれ」
後ろでハマがそう叫んだのが聞こえた。
その夜、カノンを含めた鷹常達一行はミヨ国王に謁見する事になった。鷹常はすくっと立って前を見たままで、カノン達は膝をついて頭を下げている。そこにミヨ国王が孫で秘書官でもあるキコ・ルーマニィ・セーシェルの助けを借りながら、玉座に座る。
「こんな時間になってしまってすまないね」
ミヨ国王ははっきりした力強い声で、鷹常達に声をかけた。背筋もしっかりのびており、八十過ぎの老齢とはとても思えない。監禁されている間もその体調は気遣われていたのか、あまり疲れた様子でもなさそうだ。
鷹常はまず匿って滞在させてもらえている礼を述べた。
「秋草皇が亡くなったのだね。惜しい事だ」
ミヨ国王は鷹常の母、秋草皇が亡くなったのを残念がり、鷹常達の滞在を改めて許可してくれた。その話が終わると、鷹常は賊徒に関する話題を切り出す。
「ミヨ様、国内に賊徒が潜伏しているとの噂を聞きました。わたくし達もただ滞在させてもらうのは忍びないものです。何かお役に立てる事はありませんか」
「役に、とは?」
「こちらからも一人、剣の腕が立つ者を出します。わたくし達は子供に思えるかもしれませんが、それなりの役目をこなす事は可能です」
「ふむ、なるほど」
ミヨは鷹常の目を見て思考を巡らせる。この少女は不安なのだ。いつわたし達が敵国に自身の身を引き渡すのかとそれを恐れている。だからわたし達に取り入っていたいのだ。鷹常の心情をそう読み取ったミヨは改めて頷く。
「わかった。どの子だね」
鷹常はカノンの名を呼び、カノンはミヨに向かって顔を上げる。
「おまえ……」
カノンの顔を見たミヨ国王は、言葉を失って動きを止めた。
「ミヨ様?」
ミヨの隣についていたキコがその一瞬の表情に気づいて声をかける。ミヨはその声で即座に自分を取り戻し取り繕う。
「あ、ああ、わかった。役目については後日知らせよう」
そう言ってからミヨは少し目を細めてカノンを見た。
「まさかと思うがおまえ……シュヤ……いや、ディアンダという名に聞き覚えは?」
急にディアンダという言葉が出てきて、カノンは驚く。ディアンダはカノンの本当の父であり、そして母の敵でもある男だ。レイアは慌てて顔を上げて口を出す。
「そ、それは魔帝と呼ばれる人の事ですか。それならば聞き覚えがありますが……!」
「わたしはそこの娘に聞いているのだ」
レイアは出しゃばったのを諫められて委縮する。カノンはミヨの目を見ながら口を開く。
「わたしは……魔帝の血を引く者です」
「そうか……どうりで……。ディアンダは息災か?」
まるでディアンダが無事である事を確認するかのような問いに、カノンは内心不愉快に思いながらも頭を振る。
「会った事はないんです」
「そうか……」
「ミヨ様……は、魔帝に会った事があるんですか?」
「ああ、五十年前、ディアンダがまだ魔帝と呼ばれる前にね」
ラオとレイアは顔を見合わせる。そしてレイアはおずおずと手を上げてミヨに質問する。
「あの……おかしいです。魔帝を目撃した者の話では、魔帝は若い男だったと言っていました。ミヨ様のおっしゃる魔帝と、今の魔帝は違う人物なのでしょうか?」
「そうかもしれないね。わたしの知っているディアンダは生きていればもう七十に近いはずだ。子や孫がディアンダの名を継ぎ、二世、三世となっていてもおかしくない」
ラオとレイアはその言葉を聞いて、納得がいったというように頷いた。ミヨは少し顔をしかめているカノンを見て、その表情がかつてのディアンダと似ていると思った。




