12-1.ハマの告白
部屋の奥に人の気配を察したドム・アスアガ・セーシェルと、メザ・アタク・ムカラーが、書棚の間を確認するようにしながら、奥へ近づいてくる。
カノンが書棚の後ろになんとか身を隠せないかと考えていた時、ハマに「ソファに寝ろ」と、引っ張られた。カノンが訳も分からず躊躇していると、ハマはカノンを押さえ、仰向けにソファに寝かせた。そしてカノンの上に覆いかぶさるように乗った。
「抵抗するなよ」
ハマは耳元でそう囁いて、カノンの髪を縛っていた紐を解く。そしてカノンの着ているシャツのボタンを引っぱるようにして外す。カノンは一瞬何をされているのか把握できず声を出しかけたが、メザ達が近づいてきているのを思い出して、なんとか口元を押さえた。
ハマは露わになったカノンの肌に顔を押しつける。
(このにおい……)
ハマは思わずカノンの肌のにおいを大きく吸い込んだ。カノンはその鼻息にくすぐったさを感じ、羞恥心で顔を赤らめる。
「何をしている」
上から声が降ってきた。見ればメザとドムが、ハマの後ろで困惑した表情を浮かべ立っていた。
「これは……ドム様、ムカラー様」
ハマは二人に背を向けたまま顔だけ振り返って、さも今気づいたというように二人の名を呼ぶ。その間に二人に見えない手元で着物の襟を引っぱり、少しはだけた。
「ハマ! おまえ一体何をしている!」
「何って……見てのとおりです」
ハマはいつの間にか後ろで括っていた髪も乱していて、垂れてきた長い髪を気怠そうに掻き上げる。
「好みの娘だったもので……ここで逢引きしていたのです」
ハマは乱した自分の服装を、わざともたもたと直す仕草をする。カノンはブラジャーまでは外されていないものの、はだけた胸元を腕で隠すようにしながら、顔を真っ赤にしてうつむいている。
「ハマ! おまえがそんな子だったとは! 失望したぞ!」
「すいません、ドム伯父さん」
ハマは少ししおらしそうにしながら、ドムに叱られている。メザは冷静にハマとカノンの様子を見ていた。
「確かこの青年は……」
「ええ、そうです。わたしの亡くなった従弟の子で、わたしの親戚ですよ」
ドムはまだ憤慨し足りないという様子でメザの言葉に答える。
「こっちのお嬢さんは確か鷹常様の御付きの子ですね?」
メザは下を向いているカノンの顔を覗き込むように質問する。カノンはあまり目を合わせず、こくりと頷く。
「わたし達がいた事、気づいてました?」
メザの問いにカノンは慌てて首を横に振る。メザは「そうですか……」とゆっくり言ってから、ドムに向き直った。
「それではわたし達は退散しましょうか。若いお二人を邪魔するのはよろしくない」
「メ、メザ殿」
「若い人が元気なのはよい事だと思いますよ」
そう言ってメザは部屋の入り口に向かって歩いていく。メザより年上のはずのドムの方がおたおたと慌てながら、メザの後を追った。
部屋を出たメザは低い声でドムに言った。
「今の話、聞かれていたと思いましょう。もうミヨ様を隠すのは限界です」
ドムは少し驚きながら、「わかりました」と気を取り直して答えた。
ドムとメザがいなくなった書庫内で、カノンは安堵しながら服のボタンを締め始めていた。恥ずかしい目にあったとはいえ、あの二人をごまかすのにはこれが最適だったと、軽くため息をついて自分を納得させる。
不意にハマがカノンの肩を掴んだ。そして首元に顔を近づけてくる。
「なっ……にを!」
「騒ぐな、まだ様子を伺っている」
カノンは抵抗できなくなり、ハマが肌に鼻を添わせてにおいを嗅ぐようにしてくる恥辱に耐えた。ハマはカノンの腰に手を滑らせる。そしてズボンに手をかけ、下に引きずり下ろそうとした。カノンは慌ててズボンを掴む。
「や、やめろ。ここまでする必要は……!」
カノンは大声にならない程度の声で必死に抵抗する。ハマは力のこもっていた手を緩め、静かに顔を上げた。
「……すまん、一瞬理性が飛んだ」
カノンは思わぬ貞操の危機に顔を紅潮させ、口をへの字に曲げる。ハマが体を起こしたのを機にハマの下から這いいで、急いで服のボタンを閉め、髪を結び直した。
「やはり夢に出てきた香りはおまえだったのだ……」
ハマが身だしなみを整えながらそう言ったのが聞こえたが、意味の分からないカノンは特に聞き返さなかった。
その翌日、監禁されていたミヨ国王が解放され、見つかったという話が聞こえてきた。そしてミヨ国王を攫ったのは、国内に不法に滞在している人間と魔人が入り混じった集団であるとの噂も聞いた。
「それはおかしいですよ」
ラオは獅子を側に控えさせている鷹常に、聞いた噂話を報告しながらそう言った。
「ミヨ様が捕らえられていたのは、城内の今は使われていない古塔だったという話です」
「灯台下暗しとはよく言ったものよね」
「外部の人間にそんな攫い方ができるとは思えません」
ラオは合間に口を挟んでくるレイアには構わず言葉を続ける。
「しかも犯人の要求はミヨ様の退位を迫るものであったとか。北エルフでない人間達の要求としてはおかしいです」
「それはそうですね……」
鷹常はゆっくりと頷く。それから特に振り返りもせず、側に立っている獅子に声をかける。
「獅子。その不法滞在しているという集団を調べる事、任せられますか」
「……ご命令とあらば。お側には必ずラオとレイアをおつけください」
「いいでしょう。頼みます」
獅子が出て行ったあと、鷹常も立ち上がった。
「さて……ミヨ様に謁見が可能かどうか、尋ねにまいりましょうか」
ラオとレイアは「御意」と返事をしてから、鷹常の後を追った。




