11-2.陰謀
カノン達が北エルフの城に滞在して、三日が過ぎようとしていた。その間に首都内の外れにある寺に、北エルフではない人間や魔人を中心とした賊徒が集まっているとの情報が入った。そして不法入国の疑いで憲兵隊が向かったところ、交戦した。その情報をラオとレイアが給仕の者から聞き出してきた。
「中には魔石を扱う大角を生やした魔人もいたとか」
憲兵隊に友人のいるという給仕の者が、得意げに話して聞かせる。
「大角……誰かを思い出すわね」
「まさかだろ」
話を聞き終わったラオとレイアは、以前山の中で会った大角の魔人ローカスの事を思い出す。その時ローカスに東に向かうと言ってしまったが、まさか追ってきているのだろうか? ラオとレイアは頭を振る。
人から話を聞き出すのは、堅物な獅子より、話術の巧みなラオ、レイアの方が向いていた。なので、鷹常の警護は獅子に任せ、ラオ、レイア、カノン、けやきは城内で情報収集に走り回っていた。城外に出るのは警備の目が厳しく無理だったが、城内を歩くのは慣れれば比較的楽にできた。ミヨの捜索に人手が駆り出されていたからかもしれない。
カノンは素振りなどの鍛錬の時間の他は、城探検に時間を費やしていた。おかげで北エルフには貴族院という議院があり、議員である貴族達は城への出入りが容易だという事を知れた。それからあまり人が来ない部屋も見つけ出し、人に見つかりそうな時はそこに身を隠した。
そして今日は一人、東棟の礼拝所まで来ていた。東棟の二階と三階のバルコニーは東側に大きく開けており、遠くに海が見える。そこから北エルフの信仰の対象である朝焼けの神を拝むのだと聞いた。
手すりに身を預けるようにして水平線を眺めていると、薄絹のような光が海の上を舞っているように見えた。いや、まるで人が舞っているようだ、とカノンはその光を目を細めて見た。
その頃、古い塔の一室に幽閉されている老婆が、窓からちらちら入る光に気が付いた。窓からは水平線が見え、その海の上で何かが舞っているように見える。
「朝焼けの神……」
老婆は思わず呟いた。舞っていた光はすぐに見えなくなった。老婆は窓から空を見上げる。自分がいなくなってから四日目だ。城ではさぞ騒ぎになっている事だろう、とため息をつく。
「朝焼けの神よ、どうかご加護を……」
老婆は遠くに見える東の海に祈った。
大陸の東北に位置する北エルフの国の日暮れは早い。カノンは薄暗くなり始めてきた空を見上げ、もう部屋へ戻ろうと東棟を抜けた。中央棟の宮殿内を、人の声を避けながら器用に進んでいく。
カノンを含めた鷹常一行らが宮殿に滞在している事はもう内部の人間には知れ渡っているが、うろついているのを見られるとあまりいい顔はされない。だからカノンは人目を避けながら、宮殿内を歩いていた。
カノンは進む方向から人の話し声がするのに気づいて、近くにある書庫室に入った。そこにあまり人が来ない事はもう知っている。それにそこは書棚が何列も並んでおり、身を隠すのが容易なのだ。
カノンはその書庫内の中で一息つき、人の気配がなくなるまで身を潜めていようと部屋の奥へ数歩歩いた。書棚の後ろに隠れる前に扉がキイっと鳴って、誰かが入ってくる気配がした。カノンは驚いて振り返る。
そこにいたのはもう何度か会っているハマという青年だった。その青年はいつも神出鬼没に現れる。カノンは動揺しないように、気を落ち着けてハマに向き直る。ハマはドアを閉めて、カノンに淡々とした表情を向けた。
「宮殿内をこそこそ歩き回っているようだったから、何をするつもりかと後をつけてきた」
「悪い事をするつもりはありませんよ」
カノンはハマの気配に気づかなかった自分に内心舌打ちしながら、渋い顔をして答える。
「客人は大人しくしているものだ」
ハマは廊下から聞こえる声を気にしながら、カノンの肩に手を置き、もっと奥に行くよう促す。
「ミヨ様は見つかったんですか」
カノンはハマに押されるまま部屋の奥に向かい、尋ねる。
「まだだ。そろそろミヨ様が行方知れずである事を隠すのも、難しくなってきているな」
ハマは後ろを見ながら「だめだ。入ってきそうだな」と呟いて、さらに奥へ行くようカノンの背中を押す。
一番奥まで行くと、本棚に入りきらなかったのか本が床に積まれ、また使われてなさそうなソファが窓に向かって置かれていた。カノンはそのソファと書棚の間に身を寄せ、人の声に聞き耳を立てた。ハマもカノンがちょっと近すぎると思うような距離感の場所に立って、書棚の隙間から入り口の方を見た。
「おまえは何かよい香りがするな」
カノンの頭の上の位置に鼻がくるハマは、淡々とした表情を崩さないまま素っ頓狂な事を言った。カノンは思わず「はい?」と声を上げる。その時入り口のドアが開いて、人が二人入ってきた。カノンの声はちょうどドアが開く音にかき消されたようだ。入ってきた人物達はカノン達には気づかず、入り口側にあるテーブルと椅子の席に座る。
「愚かな事です……ミヨ様を攫って無理やり言う事を聞かせようなどと」
「そ……です……きぞ……いん……」
二人の会話はカノンにはあまり聞こえなかった。特に後ろを向いて座っている男性の声はほとんど聞こえない。しかし長い耳を持つハマは二人の会話が聞こえるようだった。
「ドム・アスアガ・セーシェル様と、メザ・アタク・ムカラー様だな」
カノンはその名に聞き覚えがあった。城に来た初日にたまたま秘書室で出会い紹介された人物達だ。カノン達を案内してくれたブコ・プリマス・セーシェルが、ドム伯父さんと呼んでいたのが印象に残っている。
耳を澄ましていたハマが、不意に顔をしかめた。
「なんと……あの二人、ミヨ様の居所を知っているようだ」
「え?」
カノンが顔を上げた瞬間、メザが「しっ」と口に人差し指を当ててドムの声を遮り、部屋の奥を見つめた。
「奥で何か動いたような……」
「何ですって」
ドムとメザが立ち上がる。カノンとハマは体を硬直させた。




