10-2.誘拐事件
ブコは役所の外で待っていた。ハマを見るとにこにこしながら手を振る。そして歩調を合わせて歩き出し、周りには聞こえない声で喋る。
「ミヨ様の捜索に進展はあったかな」
「どうでしょうね……わたしの夢に出てくれればいいんですが……」
「お前の予知夢は当たるからな。ミヨ様の誘拐事件ももう少し早く知れていれば……」
「すいません、お役に立てなくて……」
「いや、お前のせいじゃないさ」
ブコは軽くハマの肩を叩き、足早に城へ向かっていった。
北エルフの宮殿内の部屋に案内された鷹常は椅子に座り、「話があります」と言って、カノン達を前に並べた。ラオ、けやきは女性の部屋にいる事で少し気まずそうにしている。鷹常はそれに構わず「私の思い過ごしかもしれませんが」と、前置きしてゆっくりと話し出した。
「ミヨ様の身に何か起きているかもしれません」
「あ、お疲れで臥せっているという話ですか」
居心地の悪さを取り払おうとするかのように、ラオが焦って口を出す。鷹常は首を横に振る。
「ブコ様は謁見が不可能という言い方をしていました。ただお疲れであるだけなら、数日後にも謁見は可能なはずです。それが不可能とは、絶対に会えないという事がわかっているかのような言い方です」
それを聞いたラオは真剣な顔になる。
「もしや……ミヨ様は重篤な病気かケガを……?」
「そうかもしれません……が、キコ様の見舞いも許さないかのような言い方も気になります。他の方も衛兵を含めて、みなぴりぴりしているような感じも見受けられますし……」
「部屋から極力出ないようにとも言われましたね」
レイアも口を挟む。そのやり取りを聞いていたカノンは首を傾げる。
「よくわからないんだが、何か事件が起こっているって事ですか?」
「ただのわたくしの勘ですが、その可能性もあるのではないかと」
カノンは再び首を傾げる。
「それを知って、どうするんですか?」
「……恩を」
鷹常は視線を下に落としたまま、あくまでもゆっくり話す。
「恩を売れるものなら売っておきたい。この国で何か問題が起こっているのなら、わたくし達はただの邪魔者。面倒事を避けるため、最悪敵である新の国に引き渡されてしまうかもしれない」
「なるほど……それを回避するためにも、北エルフの方々が隠している秘密を知る事は有効かもしれないですね」
ラオが頷きながら答える。それを聞いてカノンは鷹常を見つめる。
「今わたしはあなたに雇われている身だ。ご命令ならできる限り調べてきます」
鷹常はゆっくり頷く。
「くれぐれもこちらが不審がられぬよう、注意してください」
「わかりました」
「あの! ぼくも行かせてください!」
何を思ったか、けやきが自分も行くと言い出した。鷹常とラオ、レイアも特に止めようとはしない。
「……わかった。一緒に行こう」
カノンはけやきを連れて、部屋を後にした。ラオはカノン達が見張りに見つからず、階段を下りて行ったのを見届け、鷹常の前まで戻ってくる。
「北エルフの方々は、ぼく達には特に警戒心を持っていないようですね」
「わたくし達に人員を割けない事情があるのかもしれませんね」
ラオは北エルフの微細な違和感に気づく鷹常の慧眼に賛辞を送り、その後、旅の荷物の整理をするため、自分とけやきに与えられた部屋に戻った。
カノンとけやきは衛兵の目を避けるため西棟を窓から抜け出し、中央の宮殿の西口に来ていた。そこにも衛兵が立っている。
「どうしましょう……、衛兵の方に話を聞かせてもらえるでしょうか……」
けやきは庭の植え込みの間から少し顔を出して、立っている衛兵を覗く。しかし宮殿警護を任される程の者が口が軽いとは思えない。
「とりあえずは国王のミヨ様って人がどこにいるのか知れればな」
カノン達は衛兵を避けて、外に面した回廊沿いを歩いていく。北側にも宮殿が見える。位置的にそこがミヨ様のいる場所か……? と思った時、人の話し声が聞こえた。
「ミヨ様はまだ見つからないのか」
「はい、全力で捜索にあたらせてはいるのですが」
「昨日から丸一日たつ。ミヨ様のお身体が心配だ……」
カノンとけやきは顔を見合わせた。
「姉上の勘が当たっていましたね」
「ミヨ様は行方不明なのか……」
人の足音が近づいてくる。カノンとけやきは慌てて元来た道を戻る。西の塔の少し高い窓を、けやきを台にしてカノンが先に登る。窓に登ったカノンがけやきの手を引き、けやきもなんとか窓をくぐる。それで衛兵の目をごまかせると思った時、後ろから声が聞こえた。
「何をしている」
カノンとけやきは驚いて振り向いた。
「コソ泥のような真似をしているな。衛兵に引き渡すか?」
そこにいた青年の色素の薄い髪と、生真面目そうな顔を見て、カノンはその青年が街の役所でブコに紹介されたハマという青年だと気づいた。なぜこんな場所に……なんて考えている場合ではない。どう答えるべきか迷っていると、けやきがハマの前に出た。けやきは身振り手振りを加えて、精一杯訴える。
「ぼく……北エルフの方々のお城が珍しくて……! ちょっと冒険してみたくなって……! それでちょっと外に出てみたのです……!」
カノンはそこでようやくけやきが一緒に来た理由に気づいた。外に出ているのを見つかった時に、自分が盾になって責任を取ろうと考えていたのだ。よくよく自己犠牲精神の強い事だが、カノンは逆にけやきを守ってやらなければという思いに駆られた。
そこでカノンはハマに向き直り、けやきが思いもよらなかった言葉を吐く。
「ミヨ様が行方不明というのは本当の事ですか」
ハマは少し太めの眉をひそめて、カノンを見た。けやきは驚きのあまり言葉が出てこず、カノンとハマの顔を交互にうかがう。ハマはカノンの真っ直ぐな視線から、カノンがミヨ様の誘拐事件に関係ないからこそ、その言葉が出たのだという事がわかった。