9-2.北エルフの国
基本的に北エルフはみな色白で、耳は長く伸びており、面長で鼻筋が通っている者が多い。薄茶色から焦げ茶色の髪色をしており、男も女も長い髪を後ろで括っている。服装は袖の緩い上衣に、紐で止めた外套を羽織っている。女性は裾の広がるスカートを巻いている。
大通りには飲食店、雑貨屋など、店が連なり、通る人の多さが喧噪を醸し出している。
「この国ではその血統を守るため、特に首都では人の出入りに制限をかけているんですね」
「北エルフは貴族社会で、貴族の多く住む首都こそが北エルフの国だ、と言う人もいるそうよ」
いつものようにラオとレイアが交互に北エルフの国の事を説明している。
「この国は以前はひどい男尊女卑社会だったと言います。今も少なからずその意識が残っているのだとか」
「この国には娼館が多くあって、時には貴族の娘ですら娼館に売られたと聞きます」
「さすがに今はそんなことはないでしょう」と、鷹常が続ける。
「今の国王であるミヨ・セーシェル女王陛下が、そのひどい男尊女卑社会を終わらせたと聞いています」
「さすが鷹常様、博識でいらっしゃる」
ラオとレイアは悪気もなく逆に自慢にもとれそうな賛辞を贈る。
「そのミヨ・セーシェル様はもう八十歳を超えています。男尊女卑の意識を再燃させないためにも、新しい国王に、やはり女王をとお考えのようですが、その血筋には男児が多く、後継者選びに苦労なされていると聞きました」
「そうなのですか?」
ラオとレイアはそれは初めて聞く情報だったようで、二人して振り返る。
「ええ、我が弦の国も亡き母上の代からとはいえ、女王国家でしょう? それゆえミヨ様と母上は懇意にしていたようです」
カノンとけやきは話を聞きながらも、きょろきょろと色とりどりの看板や、街頭販売している饅頭などを見ていた。カノンはラオ達に声をかける。
「なあ、何か食べていかないか。お腹が空いたよ」
「そうですね、そろそろお昼ですし……」
カノン達はこぎれいな店を選んで入った。席に座り、メニューを見たラオは思わず眉間にしわを寄せる。
「失敗した……外で食べてから、首都内に入るべきだった……」
「こっちは物価が高いのねえ」
レイアも目を丸くしながらメニュー表を眺めている。
「お金が足りないんですか?」
けやきが心配そうにラオ達を見る。
「いえ、いただいた銀子はたくさんあるのですけど、あまり無駄遣いするわけにもいきませんし」
「まあいいじゃない、ラオ。その分おいしいかもしれないわよ」
レイアが店員を呼び止めて、それぞれ麺と炒め物などを注文した。ラオは注文した後もメニューを睨みながら、「うーん、失敗したー」と未練がましく言っていた。
この大陸には北エルフや西エルフ、それから月国地方の人という意味の月人、東の国の人という意味の東人など、たくさんの種類の人間がおり、それぞれが村や町、国などを作っている。そして同様に国までは持たないまでも、魔人と呼ばれるたくさんの種類の人間達もまた、村や町を作っている。
例えば、人間の街に魔人が、魔人の街に人間が入ったとしても、すぐどうこう騒ぎになるような事は少ない。それぞれ、商人であったり、労働者であったり、旅人――客であったりするからだ。
ラガーナは人間の街に入っていた。ラガーナは大腕族という魔人の女性だ。魔族五強と呼ばれ、魔帝の右腕でもある。
ラガーナはこの街がみかじめ料を渋っているとの連絡を受けて、ここに来ていた。魔帝が多くの魔人を統括している理由がそこにある。かつてこの大陸で頻繁にあった盗賊の襲撃などから、村や町を守っているのである。そのトラブルを処理するのはラガーナの仕事の一つだ。
ラガーナは普段は人間と変わらない体をしているが、筋肉操作をする事により、腕が三倍ほどの厚さに膨らみ、大岩をも投げ飛ばすような怪力を発揮する。その力を見た人間達はたちまち渋るのをやめて、大人しく金を払った。ついでに「魔人の襲撃を受けたクルド王国のようになりたいの」と言った台詞も効いたようだ。
仕事を終えたラガーナは飲食店が並ぶ通りを足早に歩いていた。体中を覆う黒いマントに黒いとんがり帽子という悪目立ちする格好をしているせいか、美人なのに滅多に声もかけられない。
そんなラガーナは行く手に見覚えのある大角を見つけた。「確か、あれは……」と、記憶から名前を引き出してから、「ローカス」と声をかけた。
ローカスはラガーナの方を向く。ローカスが見ていたのは肉まんを蒸している蒸篭だ。その奥にはローカスのいかつい大角を見て、びくびくしている店員が立っている。
ローカスは肉まんに体を向けたまま、「こんにちは」と挨拶してきた。「こんにちは」と、ラガーナは返してから「何してるの」と問う。
「肉まんを食べたいんだが……」
「買えばいいじゃないの」
ローカスは悲しそうに目を伏せてから、「金がないんだ」と言った。
「…………」
ラガーナは呆れたような顔でローカスを見る。そのまま立ち去ろうとも思ったが、ローカスは魔帝ディアンダが自ら紹介したほどの男だ。ラガーナはしかたなく「買ってあげるわ」とため息交じりに言った。
するとローカスはぱっと顔を輝かせて、「ありがとうございます!」と声を弾ませる。
「肉まんを十個くれ」
遠慮もなく、にこにこ笑顔で店員に注文する。
「今九個しか……」
「じゃあ九個でいい」
ラガーナはそのやり取りを横目で見ながら金を置く。
「これで足りるでしょ」
そう言ってすたすた歩いていく。紙袋に肉まんを詰めてもらったローカスは急いでラガーナの後を追ってくる。ラガーナは肉まんを頬張っているローカスの方を見る事なく聞いた。
「あなた、これからどこへ行く気なの」
「東へ行こうかと思ってるんだ」
「それなら反対方向よ」
「そうか」
ローカスはそのままついてくる。ラガーナはため息をついてくるっと振り返る。
「路銀をあげるわ。だからもうついてこないでちょうだい」
そう言ってラガーナはローカスにお金を握らせる。
「すまない……この分はディアンダに請求してくれ」
「冗談でしょ」
魔帝に請求してくれと平気で言う根性に呆れながら、ラガーナはローカスと別れた。