9-1.北エルフの国
カノン、鷹常、けやき、ラオ、レイアの五人で北エルフの国、モルゲン王国に向かう事になった。遠ざかっていく後ろ姿を見ながら、馬廻衆の豹は切られた腕の痛みに顔をしかめる。
「獅子、おまえは陰ながら鷹常様をお守りしろ」
「わかった。兄者は無理せず養生してくれ」
獅子は豹の指示通り、距離を置いて鷹常を連れたカノン達の後を追う。
「虎、戻ったら山桜桃梅殿と猫萩のおじさん達にこの事を伝えよう」
「わかったわ」
豹は名残惜しそうに鷹常達の行った道を見つめ、じんじんする腕の痛みに耐えきれなくなって、ようやく踵を返した。
カノンと鷹常達は街道を次の宿場町まで目指して歩いた。宿場町についた五人は追手のかからなさそうなけやきの名で宿に泊まる。
湯浴みを済ませてきたけやきは、窓から外を眺めているカノンを見た。視線を合わせず、やや背中向きに座る。それからあまり大きな声にならないように話し出した。
「お母様……傭兵……だったのですか?」
「うん? そうだ……いや、そうですけど」
「ぼくに敬語はいりません。自然に話してくれて大丈夫です」
「そうですか。それでいいなら……」
カノンは傭兵として稼ぎを得ていた母の事を話した。女だてらに腕が達者で、一部の者には名が知られていた事。あまり感情を表情に表さないため「人形」と呼ばれていた事などを話した。
「わたしは母さんみたいな傭兵になりたいと思ってるんだ」
「カノン様はそう思ってらっしゃるのですね……」
「わたしにも敬語はいらないよ」
「いえ、ぼくはこの方が話しやすいので……」
けやきはあまり人の目を見て話さない。隠し子として生まれ、そう育てられてきたために、怯えているように話すのが常だった。それでも意思ははっきりしている。
「傭兵って、人を殺す仕事でしょう……? そんなものにならなくてもいいじゃないですか」
けやきはカノンの目を見ないままだが、拳を握り精一杯の抗議を示す。カノンは少し困ったように首を傾げる。
「けやきはマクみたいな事を言うんだなあ……」
「マク?」
「わたしの父の事だ。血はつながっていないけど。マクも戦うのが嫌いだった」
「それなら……!」
カノンは窓から空を見た。そして呟くように言う。
「わたしは母さんみたいになりたいんだよ」
カノンは多くは剣を通して語り合った母の姿を思い出していた。
「それに戦わなきゃいけない時は必ず来ると思う。今日みたいに。だからわたしは母さんみたいに強くありたい」
「そう……ですか」
けやきはそれ以上カノンを説得する事もできず、ただ俯いた。
カノン達がモルゲン王国に向かっている間に、まだ傷の癒えきっていない体を押して、足を引きずるマクが弦の国の山桜桃梅 家に到着していた。当主の山桜桃梅雪割は、カノンから聞いていたマク・リタリアという人間が魔人である事に驚き、厩で待機しているように指示した。
「悪いが、魔人を大っぴらに歓迎したとあっては、我が家にどんな噂が立てられるかわからない。離れに部屋は用意させるから、しばし待っておいておくれ」
マクはコートのフードをかぶり直して、ふるふると首を振った。
「いえ、屋根があれば十分です。納屋にでも置いてください」
「それでいいのなら……夜は冷えるから布団は多く用意させよう」
「ありがとうございます。それで……カノンはいつ戻りますか?」
「それが……」と雪割は少し言い淀んだ。雪割は鷹常と別れ戻ってきた馬廻衆から、ラオ、レイア、カノンが鷹常の護衛として北エルフの国に向かう事になったという報告を受けていた。それをマクに説明すると、マクは見えないカノンを追うような目をして、悲しみとも苦しみとも取れるような表情で遠くを見た。
「あの子はまだ母親の影を追っているのか……!」
雪割はその表情を見て、少なくともマクが悪人でない事を感じた。そして先ほどよりも慈愛に満ちた声で、目立たない程度にはここで好きにしていいと、マクに言った。マクは少し考えるようにしてから、「お世話になります」と頭を下げた。
翌朝になってマクは熱を出して起きあがれない姿を発見された。雪割はマクを離れの部屋に寝かせ、医者を呼んでくれた。
三日ほど熱が続き、その間にマクは考えていた。カノンが旅に出たのなら、自分も旅に出ようと。殺されたカノンの母、リックの思い出を辿り、殺した敵である魔帝ディアンダを探す。そんな仇討ちの旅にカノンがついてこないのなら、その方がいい。カノンにはカノンの人生がある。
マクは十日ほど山桜桃梅家に滞在し、体調が完全に回復した頃、山桜桃梅家を出る事にした。雪割が見送りに来てくれている。
「本当にいいのかね? 娘さんを待っていなくても」
「ええ。ご説明した通り、おれは魔帝を裏切ったために命を狙われる身です。ここにいては迷惑がかかるかもしれない」
マクは周りから見られないようコートのフードを深くかぶる。
「カノンから連絡が来たら、マクはカラオという国に向かったと、伝えてください。そう言えばわかるはずです。あの子が生まれた国ですから」
「わかった。確かに承ろう」
「それではお世話になりました」
マクは一礼して山桜桃梅家を後にした。
カノン達は人間と北エルフの混血などが多く住むモルゲン王国の村や町をぬけ、王国の首都に入ろうとしていた。首都は遠くになだらかな山を登っていく道が続いている。道は雪が積もっていて歩くのに苦労した。
首都の入り口とも言うべき関所で、耳が長くとがっている役人がじろっとカノン達に無遠慮な視線を送る。
「入国理由は?」
「知人に会いに来ました」
役人は「観光、ね」と言いながら、手元のカードに判を押す。
「滞在期間は二週間まで。それ以上滞在する場合は役所に行って、許可をもらうように」
役人は不愛想に言って、カードを人数分渡した。そして「それを無くしたら、罰金か最悪懲役だから。役人に提示を求められたらすぐ出せるようにしておく事」と続けた。




