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カノン伝記  作者: 真喜兎
第一章 月夜の神
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7-2.亡命

 万両まんりょうはすらっと刀を抜いた。「きゃあ!」と女官達が悲鳴を上げる。


「小娘……いや、小僧か? 鷹常様はどちらに参られた。申せ!」

「し、知りません」


 けやきはぶるぶる震えながらもなんとか答える。


 女官達の悲鳴を聞いたカノンは障子の隙間から、けやきに刀が突きつけられてるのを見た。とっさに飛び出し、けやきを庇うように万両との間に割って入る。


「金髪の娘……!? どこの者だ……?」

「万両様! その子はただの身代わりです! 何も知りません! どうか刀をお納めください!」


 カノンの後を追って寝所に入ってきたレイアは、瞬時に事態を把握し、声を上げる。万両はふんっと鼻を鳴らして、「そんな事だろうと思ったわ」と言いながら、刀を鞘に納める。


「おぬし達は何者か」


 万両は障子の向こうから姿を現したラオとレイアに問う。


「……ぼく達は山桜桃梅ゆすらうめ家の者です」

「ふんっ、山桜桃梅も絡んでおったか。して、お前達は何を知っている?」

「ぼく達も何も知りません。鷹常様の身代わりになるよう言われただけです」


 ラオは万両に気圧されぬよう、万両の目を見てはっきりと答える。万両はその真偽を確かめるように、ラオとレイアの顔を見つめていたが、しばらくして頷く。


「なるほど……まあよい。全関所に通達して、鷹常様を保護するのみ」


 万両はそう言い残すと、来た時と同じように荒々しい足音で去っていった。


 万両がいなくなり、ほっとする一同の中で、けやきだけが険しい表情をしていた。






 鷹常が出発した翌日、早々に万両にばれ、身代わりの必要がなくなったけやきを連れて、カノン達は鷹常の寝所を後にした。


「姉上は、どうするべきなのでしょうか……」


 廊下を歩きながらけやきがぼそっと言う。


「あの万両様という方の言うように、月国統一のため、姉上は新の国に参るべきなのでしょうか……」


 けやきは万両らが鷹常を害そうとして追っているのではない事を知った。万両らは万両らなりに国のため、鷹常のためを思っているのかもしれないと思ったのだ。


「ぼくはそうは思いません」


 ラオは迷っているけやきに、きっぱりと言う。


「新の国の政治は、新の国の皇主を含めた十三人衆という政治役の多数決で決まっています。そこに鷹常様が天子として迎え入れられたとて、その実権を渡す事はしないでしょう。ただ、その決定を鷹常様の承認を得たという体で示してくると考えられる」

「そうなるとまず考えられるのは、この弦の国を新の国の支配下に置くという事ね」


 レイアが口を挟み、ラオが頷く。


「弦の国が弦の国としてあり続けるためには、鷹常様を筆頭とした盤石な政治体制を、弦の国自身が作っていかなくてはならない。そうするためにも、今は鷹常様には身を隠していただいて、新の国には屈しないという姿勢を見せておかねばならないんだ」

「そう……なんですね」


 けやきは言いながら視線を落とした。政治の機微はよくわからない。姉の身を一番案じているのが誰かもわからない。それならば自分だけでも姉上の側に行きたい。けやきはそう考えていた。


 カノンもラオ達が唱える政治論はあまり理解していなかった。カノンがわかるのはけやきが姉を守ろうとしているという事だけだ。だからけやきが再び鷹常を助けに行きたいと言っても、驚きはしなかった。






 まだ国を出るところまで行っていない鷹常は、馬廻衆と共に宿に泊まっていた。鷹常は宿の二階の窓から外を見て、明後日には出てしまう自分の国に思いを馳せていた。






 山桜桃梅家に戻った後、ラオとレイアは祖父の雪割に今後の事を相談していた。


「鷹常様を追うだと? なぜお前達が……」

「いえ、わたし達ではなく、けやき様が追いたいと言っているんです」

「けやき様か……」


 雪割は渋い顔でため息をついた。けやきは亡くなった秋草皇の夫の隠し子であるわけだが、その存在には何の地位も権力もない。正直言えばいると困る存在だった。


「けやき様が何をしようとわたし達は関知しないよ。しかしお前達までそれに巻き込まれる事はないだろう」

「いえ、鷹常様が無事に弦の国を出られるか、確認できるだけでもよいかと思っています」

「なるほど……今、城内では誰が新の国派か、新体制派か、みなが腹を探りあっている状態だ。そんな中、おまえ達なら信頼できる」


「それで……」と雪割は続ける。


「カノンという娘はどうするつもりだ」

「先日も申しましたようにカノン様は普通の人間です。魔帝と関わりのあったのは、カノン様の母上と父上……のようです。監視、足止めのためにぼくらを派遣したのではないかと」


 ラオは父上と言ったところで少し言い淀んだ。ラオが今言った父上というのは、カノンの育ての親であるマク・リタリアという男の事だ。本当の父親ではない。


「カノン様の母上はクルド王国での紛争で命を落とされ、父上の方は後程、後を追うと言い残したきりです」


 レイアもただの世話人だったマク・リタリアを、カノンの父と呼んだ。ことさらそう呼ぶのは、カノンの本当の父親が魔帝だと言う事を知らせないようにするためだ。ラオ、レイアはカノンの安全のためにも、必要があるまでそれを隠しておく必要があると考えていた。


 雪割はそれを聞いて頷いた。


「とりあえず直接の関係はなさそうだという事だな。わかった……が、くれぐれも目を離さないようにしておいてくれ」

「はい、おじい様」


 ラオとレイアは二人同時に返事した。






 カノン、ラオ、レイア、けやきは、鷹常達に追いつくため馬車を借りる。そして馬車屋と御者に多めに金を払って、夜通し走ってもらった。途中で馬を変えたりしながら、鷹常が向かう手筈になっている関所を目指す。そして二日後の朝方、国の東側にある関所まで来た。


 そこは今や敵国となった新の国にも近い。鷹常は用心を重ね、追われている気配を感じさせないように、普通の旅人を装って通るはずだ。


 御者と馬に礼を言って馬車から降りたカノン達も、急がないように関所に近づいていく。関所は少し混雑していて、奥の壁沿いの方で何か揉めている人達がいるのが見えた。


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