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カノン伝記  作者: 真喜兎
エピローグ
140/141

66-1.最後の言葉

 全ての神を殺した後のイースターは虚ろだった。そのイースターを、各国の戦士達が取り囲む。


「大人しくお縄を頂戴しろ!」

「ああ?」


 誰かが叫んだ言葉にイースターは少し意識を取り戻したのか、目に狂犬のような光が灯る。


「やめなさい。無駄に命を散らす事はないわ」


 そこに入ってきたのは大腕のラガーナだ。ディアンダの作った組織をディアンダ亡き後、代わりに統率している魔人の女だ。全ての成り行きを見守っていたのだろう。広間の真ん中に倒れている神々の死体にも動じず歩いてくる。


「その男の命はもう長くないの。捕まえる必要なんかないでしょ?」

「そういう訳にはいかない。その男は神殺しという大罪を犯した」

「神を殺してはいけないという法律があるのかしら?」


 そもそも神が殺せるものだと誰も考えてはいない。言われた者は思わず言葉に詰まる。


「神殺しが大罪である事は自明の理!」


 言葉に詰まった者の代わりに他の者が叫ぶ。


「そう。別に構わないわ。その男に攻撃したいならしなさい。でも先程までの戦いで見た通り。弱くないわよ、その男」


 そう言われて怯む者もいたが、多勢に任せ、戦士達が取り囲んでいく。


「こいつらを全員ぶっ殺せば、少しは気分もマシになるかもな」


 イースターの狂犬のような目の光が強くなった時、そこに声が響いた。


「やめろ、親父」


 霧散したはずのディアンダの姿がまた見える。それと同時に八つの神の遺体の上に、八つの神の霊体が現れる。ディアンダは周りの人間達に向かって声を張り上げた。


「見ろ! 神は死なない。そこに罪はない。ただ在り方を変えただけだ!」


 鷹常達が出した結論と同じ事を、ディアンダは口にした。残っていた人間達は戸惑い、口々に神に言葉を求める。八つの神は何か言いたげにも見えたが、すぐその姿は見えなくなった。


 人間達は色々揉めていたが、結果的にイースターは誰にも追われなかった。イースターは一瞬だけ見えた神が中空に消えた事で、再び絶望に打ちひしがれていた。


 もはや何の希望もなく、イースターは宮殿の外にふらふらと歩いていく。そんなイースターを目で追う者すらもういない。カノンがギネスに抱きついたからだ。涙の零れる感動の再会を、事情を知らずともみなが祝福した。






 ディアンダは少しだけ天を見上げる。


(マク、すまなかった。ありがとう)


 マクが屍術師(ネクロマンサー)としての魔力を貸してくれたから、ディアンダはこの場に姿を見せる事ができた。


「ギネス、ごめんなさい。わたし、わたし……」

「謝るのはおれの方だ。すまなかった」


 やっと会えたカノンとギネスの中に割って入っていこうとは思わない。


(よかった)


 心からそう思う。


「ラガーナ、悪いが後を頼む」


 それだけ言って消えていこうとした。


「ディアンダ! ありがとう」


 薄くなっていく影に気づいたのか、ギネスがこちらを向いていた。するとカノンもディアンダを見つめる。


 カノンは何も言わなかった。ただ本当に微かに頷いて見せただけだ。でもディアンダにはもうそれだけで充分だった。カノンはさっき「父さん」と呼んでくれたのだから。


「幸せに」


 誰も見た事がないほど晴れやかな笑顔を浮かべたディアンダは、消えて見えなくなった。






 外ではまだテロ組織との戦いが続いている。その場にいたオステンド国王は、ラガーナにテロ組織の駆逐を依頼した。


「高いわよ」


 そう言って、ラガーナは外へ向かう。


「おれも仕事はしなきゃな」


 ギネスもまた外に戻る事にしたようだ。


「ギネス、もう死なないで」


 カノンが声をかけると、ギネスは「もちろんだ」と、爽やかな笑みを浮かべて、ラガーナの後を追った。


 広間ではようやく一段落ついた雰囲気が漂う。カノンはクダイ王達が連れていったリオンを探しに広間を出た。






 広間をとうに出たはずのイースターの歩みは遅い。まだ宮殿の庭を歩いていた。


 新天の神を殺す事だけを望んで生きてきた。それだけが自分に生きる喜びをもたらしてくれたものだった。だが実際はどうだ。新天の神にいいように操られたあげく、自分で殺す事もできなかった。


 何も成せないまま、何も残らないまま、寿命は尽きようとしている。


 体の痛みが酷い。一歩一歩、歩くのも辛くなっているのに、立ち止まる事はできない。


「どこへ行けばいい?」


 それがわからなくて、ただ歩みを進めている。


 そんなイースターを、カノンが見つけていた。カノンはリオンが無事な事を喜んでいた所だったが、また紫竹と紫野にリオンを預けた。






「じいさん」


 イースターはゆっくり振り向く。カノンは剣を構えて立っていた。


「じいさん……だと?」

「だってあんた、わたしのじいさんなんだろ」


 今のイースターにその言葉はよく理解できなかった。ただ黙っていると、カノンは言葉を続ける。


「あんたの子供がディアンダで、わたしはディアンダの子供。つまりわたしはあんたの孫って事だろ」

「……それがどうした」


 イースターは二十代前半くらいの若い姿のままだ。孫や子供なんてものに今まで何の感情も湧いてこなかった。


「今まであんたがしてきた事を思うと、心の底から怒りが湧いてくるよ。だからわたしは許せないんだ。あんたがこのまま何の罰も受けずに行ってしまうのは」


 そうは言うものの、カノンの表情は穏やかだった。カノンは怒りや憎しみに囚われている訳ではない。だからイースターもその言葉を理解するのに時間を要した。


「つまり……おれと戦いたいって事か?」

「そうだよ。あんたを生かしておけば、必ずリオンの邪魔になる」


 カノンはイースターの寿命が近い事など理解していない。イースターも剣を抜いた。


「来いよ」


 イースターの声に、カノンはためらわずに突っ込んでいく。イースターの動きは鈍い。だがカノンはイースターを倒す事はできない。


「くそっ、やっぱり強いな」


 カノンだって弱い訳ではない。ただイースターが強すぎるだけなのだ。カノンはもう攻撃するのを止めた。


「あんたにはもう何も残っていないんだな。剣に全然、力がない。それがわかっただけでよかったよ」


 イースターには殺気も闘気もない。もう何の気力もない事を、カノンは悟った。


「さようなら、じいさん。わたしはもうあんたに何の興味もない」


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