7-1.亡命
真葛猫萩は侍達から逃げてきた鷹常を保護した。そして侍達を追い払い戻ってきた馬廻衆の三人を集めた。
「豹、獅子、虎。馬廻衆はただ鷹常様の護衛をすればいいと言うものではない。鷹常様の御身に危険が迫っているこのような時は、その行動をお諫めする事も必要だ。秋草様を死なせてしまったおれが大きく言えた事ではない……が、三人ともそう心してほしい」
馬廻衆の三兄弟、長兄の豹、次兄の獅子、末妹の虎は、頭を下げる。
「はい、申し訳ありませんでした」
それから猫萩は鷹常の側に寄り、耳打ちする。
「鷹常様、家臣の中には新の国派の者がいて、あなたを探しています。それであなたには一時身を隠していただきたいと存じます。影武者を用意しますので、その間に目立たぬ服にお着替えをお願いいたします」
「……それは誰の考えです?」
「黄蝦根威海殿、山桜桃梅雪割殿のお考えです」
「なるほど……」
鷹常は少し考えた風になった。威海も雪割もそしてこの猫萩も、死んだ母、秋草皇の忠臣で秋草皇の信頼も厚かった者達だ。その者達の考えならば、鷹常の立場を危うくする事もないだろう。
「いいでしょう。わたくしも身を隠さねばと思っていたところです」
鷹常が頷くと、猫萩はラオ達に向き直って言った。
「山桜桃梅家のラオ殿とレイア殿。あなた達は元々鷹常様の御側衆になるはずだった者達だ。協力してくれますか?」
「はっ、それはもちろん」
「それから……」
猫萩は不快さを隠そうともせず、けやきを見た。猫萩がけやきの存在を知ったのは、皇主である秋草が自害した時だ。その事件の原因となった翔葉の隠し子に、いい感情を持っているはずもなかった。しかし役には立つ、と猫萩は思った。けやきを鷹常の身代わりにしてしまおうと考えたのだ。
猫萩がその考えをけやきに話すと、けやきは「姉上のお役に立てるのなら」と二つ返事で頷いた。
「こちらはカノン・リタリア様です」
ラオは同じく護衛についていたカノンを猫萩に紹介した。こんな時に頭が痛いと、猫萩は顔をしかめた。山桜桃梅家の双子がついているこの少女は、魔帝と関係のあるはずの者だ。それをどう扱うべきか。秋草がいない今、それを考えるのは難しい。
とにかく監視下に置いておかねばならないだろう。そう思い、カノンにけやきについておくよう求めた。
けやきは鷹常の身代わりとして、城に残った。鷹常とは違う茶髪の髪色を隠すため、鷹常の髪色に似せた、濃い紫色のかつらをかぶっている。
「鷹常様は今、体調を崩されている」
と、言う事にして、けやきは鷹常の部屋にこもっていた。
一方の鷹常は地味な旅装束に着替え、城下に出ていた。その後ろには馬廻衆の三人もついている。
「あなた達もついてくるのですか」
「はっ、鷹常様の御身を守る事が我々の役目ですから」
「……あなた達がいては見つからぬものも見つかってしまう。もっと自然な態度でお願いします」
「はっ」
言われた側から、長兄の豹が畏まって軽く頭を垂れる。鷹常はため息をついて歩き出した。
「鷹常様! 御免!」
大きな声で荒々しく障子を開けて入ってきた男は、万両と言う者だった。鷹常付きの女官達が驚きの悲鳴を上げ、「無礼な!」と叫ぶ。鷹常に化けたけやきは御簾の向こうで縮こまった。
「失礼ながら、鷹常様! お部屋から出てきていただきたい! 拙者と共に新の国へと参ろうぞ!」
万両は色黒で体毛の多い武骨な男だ。新の国は、弦の国の次期皇主である緒丹薊鷹常を、新の国に天子として迎えると唱えた。万両やその他一部の家臣は、秋草皇が目指していた弦の国、新の国統一の夢をそこに見た。月国地方の統一を遠ざける新体制派の黄蝦根威海らとは真っ向から対立していた。
「姫様はご加減を悪くしておられます! 早々にお引き取りを!」
女官が語気強く言うが、万両はふんっと鼻を鳴らす。
「どうせ威海らの差し金であろうが。鷹常様! 今こそ分かれてしまった月国地方を統一する時が来たのです! あなたが新の国に天子として降り立つ事で、新の国をこの弦の国の傘下に置く事ができる! 威海らの言うように新体制を組めば、新の国の提案に与する意思なしと見なされ、月国統一の道が遠のくのですぞ!」
万両は武官で気短な男だったが、政治について何も考えていないわけではない。そういう新の国派の主張を大きな声でまくしたてられると、そちらの方が正しい気がしてくる。しかしそれに賛成して、鷹常に化けたけやきが出ていくわけにもいかない。
けやきは思わず叫ぶ。
「わ、わたくしは具合が悪いのです! 今はそっとしておいてください!」
少し声変わりしかけているけやきのその声を聞いて、万両は顔をしかめる。
「鷹常様、お声が……? 本当にお風邪でも召されたか……?」
万両は不信の目で御簾の向こうを見た。そういえば寝所に押し入るという無礼を働いているのに、馬廻衆も出てこない。万両は立ちはだかる女官達をどけながら、御簾を取り払った。
「御免!」
けやきは慌てて後ろを向いた。
「鷹常様、こちらを見なされ」
さすがの万両も直接触ってくるような真似はしない。しかし、再度「こちらを見なされ」と言う強い口調に、けやきは耐えられずおずおずと万両を見た。
「威海らめ! 謀ったなあ!」
けやきの顔を見た万両は、あらぬ方向を見て叫んだ。万両は女官の一人を捕まえて問いただす。
「鷹常様はどこに行かれた!?」
「し、知りませぬ……!」
女官は怯えて首を振る。
「どこへ御身を隠されたか……? いずれかの家臣の屋敷か……それともまさか国外へ……?」
万両は考えを巡らす。カノン、ラオ、レイアは、障子の向こうで様子を伺っていた。
「なあ、まずいんじゃないか?」
カノンは障子の隙間を開けて、けやきのいる部屋を見る。レイアは「本来ここは男子禁制なのですが……」と呑気に呟いている。ラオはまだ様子を見ましょうと言うように、カノンを制して障子の向こうの様子を伺った。