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カノン伝記  作者: 真喜兎
第八章 曇天の神
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63-1.脅威

 カノンはカラオ国王クダイの護衛でオステンド国に来ていた。


 クダイ王は一見すると農夫でも紛れ込んだのかと思うほど地味な人で、誰に対してもフレンドリーだった。実際、土いじりが趣味らしい。ただその気さくな人柄に気を許して失礼な態度を取ると、途端に王の威厳を見せる。カノンは以前ラウソンと言う医師に注意された通り、敬意を払って接していた。


 カラオ国兵としては新参者のカノンが王の護衛の任に就いたのは、北エルフの国からまたもカノンを指名されているとの事だった。なぜか赤ん坊のリオンまで連れてくるように要請されていた。


 当然、一度は断ったのだが、強い要請だと言って聞き届けてもらえなかった。カノンはまだハマが諦めていないのかと思って、少々げんなりした気持ちだったが、紫竹と紫野をリオンのお供にしてここまで来た。そして任務は任務として気を引き締めるように気をつけていた。


 オステンド国には各国要人が続々と現地入りしている。街全体が緊張している中で、カノンは懐に忍ばせた魔石を握った。


 それはここに来る前にマクに渡されたものだ。


「これはおまえが連れてきた男の魂だ」

「連れてきた……?」


 カノンは紫竹の事かと思い、首を傾げるが、マクは首を振って骨壺の入った白木の箱を黙って見つめる。カノンはそれに気づいて、思わず魔石を両手で握りしめる。


「ギネスの……!?」


 マクは「そうだ」とは言わなかった。ただ「おまえが連れてきた男だ」と再度言う。


「この男は、おまえを守ってくれるだろう」


 マクは魔石を握っているカノンの手に手を重ねてそう言った。






 オステンド国へ旅立っていったカノンの背中を、マクはずっと見送っていた。お腹の大きくなってきたレイアは、キョウに促されて屋敷の中へ入る。


 マクは呟く。


「ディアンダ、おれは気づいているぞ」


 すると幽霊の子供、マルコが驚いたような顔をしながら隣に現れる。


「気づいてたの?」


 おじさんに黙っててと言われたのに、とマルコは慌てている。マクは首を振る。


「あいつの時間がない事は知っている。それにあいつはカノンを守っているんだろう?」


 だからおれは何も言わないんだと、マクは言う。マルコは「そっか」と答えて、ふと顔を曇らせる。


「ぼくはなぜ消えないんだろう……」

「おまえは多分そういう異能の持ち主なんだ。おれが屍術師(ネクロマンサー)だと言うのも関係しているかもな」

「へえ……知らなかった」

「屍術はおれの故郷の秘術だったんだ。だがもう昔の事だ。おれには必要ない滅びゆく術だ」


 かつてクルド王国でマクがディアンダと戦った術がそれだった。もちろんマクはリックの遺体を使った訳ではない。だが「おまえには似合わない、おぞましい術だ」と、ディアンダが言ったのを覚えている。


「ディアンダ、おれはおまえを許す事はない。だが……信じているぞ。カノンとリオンを守ってくれ」


 マクはこれから起こる惨劇を知らない。だが遠い空を見上げてそう祈った。






 大陸中の要人が集まる議会など、この大陸の歴史上、前例のない事だった。国交の正常化、貿易関税の撤廃、各国交通網の整備、そして世界平和のための連盟の成立など、議題は多岐にわたる。ただすんなりと各国賛成で終わった議題など、ないと言っていい。議会は連日続いた。


 護衛のカノンは当然だがそんな議会に参加していない。ただ噂で聞こえてきた蒸気機関車という乗り物の開発が進んでいるという話には、興味がそそられた。


「世界は変わる」


 町はそんな噂で持ち切りになっていた。


 そんな中、各国要人を狙ったテロを目論んでいた集団が見つかった事で、一気に緊張感が高まり、掃討作戦が展開される事となった。


 カノンも掃討作戦に参加する事になった。各国間の連携はうまく取れているとは言い難かったが、それでも比較的、大事には至らずにテロ組織の殲滅は進められていった。


 カノンはもう以前のように戦いに迷うような事はない。戦う事で守れるものがある。守らなければならないものがある。だから剣を振る。


 そうしてテロ組織の構成員と戦っている時だった。向こうの方で銀色の髪をした長身の男性が、別のグループと戦っているのを見た。


「ギネス!? まさか!」


 カノンにとっては本当にまさかだった。どこの国に所属しているのかわからないが、その男性はすぐに見えなくなってしまった。


「ハハッ、幻を見るなんて。疲れてるんだ、わたし」


 カノンは涙ぐみながら自嘲した。






 翌日は休みを申請し、リオン、紫竹、紫野と共に、北エルフの泊っているアンジューの宿に行く事にした。伯父さんのラフォル・アンジューとその家族に挨拶するついでに、ハマにちゃんと断っておこうと思ったのだ。


「カノン、よく来た」


 ラフォルおじさんは以前のように快く歓迎してくれた。口の重い紫竹と紫野にも嫌な顔はしない。赤ん坊のリオンの世話をしている二人を温かな目で見つめている。


 ひとしきり話をすると、このままオステンド国で暮らさないかとラフォルは提案してきた。ただカノンはそれは断った。ラフォルおじさん達との暮らしも悪くはないが、やはりカラオ国にいるマクやレイアと離れるのは忍びない。


 ラフォルは残念そうな顔をしたが、それ以外では終始笑顔で話をした。


 話が一段落ついた所で、カノンはハマの話題を切り出す。するとラフォルは首を振った。


「ハマ? あの青年かい? 見かけていないよ?」

「え? そんなはずは……」


 カノンが戸惑ったような表情をするので、ラフォルは息子のリシャリを確認に走らせてくれた。帰ってきたリシャリも間延びした声でやはり首を振った。


「ハマは今回、同行していないってー。って言うか、その子、ハマの子じゃないんだねー。てっきりくっついたもんだと思ってたけどー」


 カノンはハマとの事は口を濁しながらも、心の中では疑問が浮かんでいた。


(ハマじゃないとしたら、誰がわたしを……わたしとリオンをこの国に呼んだんだ?)


 カノンが言い知れぬ不安に襲われていると、リシャリが言葉を付け足した。


「なんかね、三日後のパーティにはカノンも子供も出席するように、だって」


 リシャリは「カノン、北エルフの人に好かれてるんだねー」なんて呑気な事を言っていた。


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