61-1.別れていく道
カーリンは森人の部下と一緒にディアンダとイースターの戦闘跡に来ていた。そこに倒れているのはディアンダ、そしてギネス。イースターはもういなかった。
カーリンはディアンダが戦っていた相手を知らない。慎重に辺りを確認しながら、ディアンダの傷跡を見た。
体の真ん中が貫かれている。
「ディアンダ……君はぼくにとって恐怖だった。敵わない相手がいるって事が、こんなにも怖い事だと思い知らせてくれた。だからこんな地まで逃げて来たんだよ。でも……なんでかなあ。君を嫌いではなかった」
カーリンは部下にディアンダの遺体を運ばせた。そしてギネスの方へ行く。ギネスの体は冷え切っていた……が。
「君の事は特別好きじゃないけど、でも君の命運はまだ尽きてはいなさそうだ。利用……できるかもね」
カーリンは今は起きないギネスも運ばせた。
カーリンに保護されたカノンは翌朝に目覚めた。夕暮れ時になってもまだ心ここにあらずと言った様子のカノンの前に、白木の箱が置かれる。
中に入っていたのは骨壺だった。
「君に渡した方がいいと思って」
カーリンはそう言う。カノンの手は震えた。
「ギネス……!」
カノンのむせび泣く声が聞こえたが、カーリンは何も言わなかった。
カーリンは森人の王都にある宿舎にカノンを匿っていた。カノンの嗚咽を後にして通りに出ていくと、そこにはローカスがいた。
「あの子に渡したよ。それでいいんだろ?」
「……ああ。たぶん、それがいいと思う」
ローカスは寂しそうな顔をしていたが、不意に何かを見つけると自分の服をまさぐりだした。
「……何してるの?」
カーリンは首を傾げる。
「金、金……どこかに……」
ローカスは上着も脱いで、全部のポケットをひっくり返している。
「……貸そうか?」
「いや、いや、これだけはわたしが……あった!」
ローカスは硬貨を一枚見つけ出すと、路上の花売りの女の子の所へ行った。そして花を一輪買う。
「これを……あいつに供えてくれ」
カーリンは黙って受け取る。
「あいつの死を悼む奴が、一人くらいいたっていいだろう……?」
ローカスはもうカノンには会えないと首を振った。会えばあいつを思い出してしまう。そう言ってローカスは大陸のどこかへ消えていった。
カノンは泣き尽くした。泣き尽くし、そうばかりしていられない事を思い出す。だって生まれたばかりのリオンがいるのだから。
カーリンに言って紫竹、紫野、リオンを呼び寄せてもらった。そしてすぐにでもカラオ国に帰る手筈を整えてほしいと頼んだ。
それはもちろんカノンにとっての新たな脅威、イースターから少しでも遠くへ逃げるためだ。間違ってもリオンを巻き込む事になってはいけないとの思いからだった。
「ギネス様が死んだ……!?」
「嘘だ……!」
紫竹と紫野も容易にはそれを受け入れなかった。だが花が一輪添えられた骨壺を見ると、信じざるを得なかった。紫竹と紫野は涙を流しながらカノンを見つめた。
「おれ達は……あなたに仕える、義理はない」
「でも、ギネス様のため、わたし達はリオン様のお側にいる」
カノンは頷いて、まだぎこちない笑みを少しだけ浮かべる。
「うん、ありがとう。紫竹、紫野」
雨が降りしきる。
――この国はよく雨が降るんだよなあ――
曇天の神は空を見上げる。その前方には苛立った様子のイースターがいた。
「うるせえ、うるせえ! 曇天のお! 今さらてめえのガキを殺した事がなんだって言うんだ!」
――おれは何も言ってねえぜ……? ただおれはおまえもおれ達と同じになったなあと思っただけだ。体がまだ現世にあるか否かだけの話だ――
イースターはガシッと自分の胸を掴む。
「そうだ。おれの体は現世にある。神を現世に呼ぶ方法はあるんだ。くそっ、おれはバカか。新しい体なんか必要ねえ。おれはおれのまま新天の神を殺す!」
――ハハッ、その意気だね、イースター――
そこの川の上にいつの間にか青空を映す神が立っていた。曇天の神もゆっくり振り返る。
――こいつは驚いた。おれの空域に入ってくるとは。お喋り相手が増えて嬉しい限りだな――
青空を映す神は「ハハン」と笑う。
――時が近づいてるのさ。さしずめあたしは新天の神の使いっぱかね――
青空を映す神は相変わらず意味もなく頭をくるっくるっと回して答える。曇天の神とイースターは無言で青空を映す神に問いかける。青空を映す神はくくっと笑った。
――半年後、オステンド国で各国要人が招かれたパーティが行われる。その片隅でさ、あたしらもちょいと集まろうかって訳さ。もちろん邪法の娘も招いてね――
青空を映す神は友人を飲みに誘うかのような軽いノリで言った。曇天の神の指が何かを察したようにピクリと動く。
――半年……随分先だが、そこで全ての決着でもつけようって言うのか……?――
――あたしはそのつもりさ。イースター、あんただってそうだろ?――
青空を映す神はもうイースターの肉体に残された時間がそう多くはないのを知っているかのように、にたりと笑う。
「半年後、だな?」
イースターは低く声を出して確認する。青空を映す神が頷くと、イースターは背中を向けた。
「体が……痛てえ……!」
曇天の神と青空を映す神の前では見せないようにしていたが、イースターの体には鈍い痛みが走り始めていた。本当に自分には残された時間がないのだと、自分の体自身が告げていた。
眠ったままのギネスは暗い部屋に寝かせられていた。横では呪術師のような老爺が、魔石を並べながら何か呪文のようなものをぶつぶつ呟いている。ギネスを囲む蠟燭の光が届く後ろにはカーリンもいた。
「目覚めよ。全て忘れて目覚めよ」
老爺はまるで祈祷でもするかのように、ギネスの上で錫杖を振る。
ほどなくして仮死状態になっていたギネスの目が開いた。起き上がった顔はぼーっとしている。
「おれは……誰だ? ここは……?」
そこでカーリンが近寄った。
「君の名はギネス。ぼくは君の命の恩人だ。君にはぜひぼくの手伝いをしてもらいたい」
「手伝い……」
ギネスはまだ夢現のようだったが、カーリンは自分の目的を話した。
「ぼくは、鷹常皇を倒す」
そのためにこれから月国に帰るのだと言った。




