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カノン伝記  作者: 真喜兎
第一章 月夜の神
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6-2.逢引

鷹常(たかつね)様はどちらに行かれたのだ!?」


 真葛さねかずら猫萩ねこはぎ馬廻衆うままわりしゅうという秋草皇専用の護衛の一人だ。秋草を死なせてしまった事の処分が決まるまで自主謹慎していたが、緊急事態により出勤してきた。


黄蝦根きえびねの! 貴様は一体何してる!?」


 猫萩は城について早々、黄蛯根威海(いかい)という赤毛の家臣に詰め寄っていた。威海も秋草皇の側近の一人で、まだ三十半ばの歳ながら重要な執務を任されている者だ。それゆえ威海は亡くなった秋草皇の代わりの執務に追われていた。


「わたしとて忙しいのだ。鷹常様を四六時中監視しているわけにはいかない。それに鷹常様の馬廻衆は、貴様の甥っ子達だろう。鷹常様を抑えておけないのは貴様ら馬廻衆のほうではないのか」


 最もな反論に猫萩は歯ぎしりする。


「失礼する」


 威海と猫萩がいる部屋へ、ラオ達の祖父、山桜桃梅ゆすらうめ雪割(ゆきわり)が入ってきた。雪割は二人に座るよう促してから、頭を突き合わせて話し出した。


「家臣の中には鷹常様を新の国に引き渡そうと画策する者がいるようです。それに鷹常様のあの御気性では、城内に留めておくにはいささか不安があります。それで提案ですが、鷹常様を一時どこかにお隠しになっては、と」


 雪割の提案に、威海も猫萩も怪訝そうな顔をする。雪割の方がもちろんだいぶ年上ではあるが、官位は威海の方が高い。ただそれでもこの三人は忌憚のない意見を述べられる仲ではある。


「鷹常様をお隠しにだと……でもどこへ」

「北エルフの国、モルゲン王国などいかがですかな」

「モルゲン王国ですって。あそこは新の国の取引相手だ。みすみす新の国に鷹常様を渡すようなものでは」

「いや、我が国もモルゲン王国との関係は良好だ。それにモルゲン王国は大国だ。新の国に媚を売るような真似はしないだろう」


 三人はぼそぼそと意見を交わす。


「鷹常様がいない間に、黄蝦根きえびね家、真葛さねかずら家、そして山桜桃梅ゆすらうめ家で万全な政治体制を整え、実権を握ってしまいましょう。そうすれば新の国派の者達を黙らせる事もできます」

(雪割殿、思ったよりタヌキだな……)


 威海と猫萩が腹の底で思った言葉に反論するかのように、雪割は二人を見ながら語気を強めた。


「これはあくまでも弦の国のため。そして天子であらせられる鷹常様のため。それをお忘れなきよう」


 威海と猫萩は黙って頷いた。話が終わったところで、猫萩はすっと立ち上がる。


「とにかくわたしは鷹常様を探しに行ってきます」


 そう言いながら帯を締め直し、部屋を出た。






 鷹常はいつものように山の中腹にある池にいた。自分の庭と呼ぶその場所で、魔人の青年と会っていた。


「……今、城では騒動が起こっているのです」

「騒動?」


 魔人の青年は鷹常の隣に寄り添うように座って、聞き返す。鷹常はその魔人の青年の手に、自分の手を重ねる。


「シーアン……わたくしを連れて、逃げてはくれませんか」


 シーアンは鷹常を悲しそうに見る。


「あなたとおれでは身分が違いすぎる……」

「わたくしはこのまま城にいても、傀儡の王となるだけでしょう。それならばあなたの側にいた方がどんなにか幸せ……」

「鷹常……」


 シーアンは少しの間沈黙したが、ゆっくり口を開く。


「おれにはできない……あなたは人の上に立つ王だ……その方が似合っている……」


 鷹常はあまり感情を表に出さず、ただ長いまつ毛を伏せて、「意気地のない……」と呟く。シーアンはそれを聞いて悲しそうに目を閉じる。


「わたくしはしばらくここには来れないでしょう。それほどの事が城で起こっています」

「おれは……」

「待っていてください、シーアン。わたくしはいつかまた必ずここへ来ます」


 シーアンは鷹常の手を握り返し、「わかった」と小さく言った。鷹常が自分に執着するように、自分もまた鷹常に対する執着が抜けない。シーアンはそれを痛いほど感じた。そして後ろ髪を引かれるように、木々の間に姿を消した。






 まだしばらく池を眺めていた鷹常は、護衛の元へ戻ろうかと思った時、結界の糸に引っかかった気配を感じて、眉をひそめた。


「姉上!」


 けやきが声を上げながら池に近づいてくる。


「けやき……なぜここに」

「姉上、よかった! ご無事で!」


 けやきは鷹常に走り寄り、息を切らして手を膝につく。鷹常はけやきが来た方向を見る。


「もう三人いるでしょう。出てきなさい」


 姿を現すのをためらっていたラオ、レイア、カノンは、おずおずと木の陰から出てくる。


「やはりあなた達……ここに近づけば罰すると言っておいたはず」


 鷹常の言葉にけやきはばっと顔を上げて詰め寄る。


「ここに近づいた罰ならぼくが受けます。そんな事よりも姉上、あなたは今狙われていると聞きました! とても危険なのにどうして外になど出ているのです! 今すぐ城にお戻りください!」

「ここへは気分転換に来ていただけです。もう戻ります」

「本当ですか、じゃあ早く……」


 その瞬間、鷹常は結界の糸にまた引っかかりを感じた。


「何か……来る……!」


 鷹常は糸を引っ張り、自分の馬廻衆を呼ぶ。その間に、木々の間から侍が四名現れる。カノン、ラオ、レイアは急いで鷹常を守るように取り囲んだ。それと同時に鷹常の馬廻衆も現れ、侍達と対峙する。


「鷹常姫だな? その御身、我らに預けてもらおう」

「断る!」


 馬廻衆は刀に手をかけ叫ぶ。得物を持っている侍達を見て、カノンも剣を抜く。


「抜いたからには容赦はせぬぞ!」


 侍も抜刀し、威圧するかのようにカノン達を囲んでくる。


「鷹常様が逃げるまでの間、時間を稼いでください!」


 帯刀していないラオ、レイアは鷹常を庇うようにしながら、城の方向へ鷹常とけやきを向かわせる。


 カノンは低く構えたかと思うと、一飛びに敵との距離を詰め、横凪に剣を振る。敵がそれを受けるとさらに打ち込んでいく。敵はなんとかそれを受けきるも、目の前の子供が予想外に使える事に少し委縮する。


「鷹常様! けやき様! 早く!」


 馬廻衆とカノンが侍達を抑えている間に、鷹常を連れたラオ達は木々の間に姿を消す。


「子供が! 生意気な!」


 岩と苔が多く、足場の悪いその場所で、カノン達に牽制される敵達は追うのにも困難を極めた。


「ええい、くそ! 退却するぞ!」


 鷹常を取り逃がしたと悟った侍達は、ようやく諦めて去っていった。


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― 新着の感想 ―
お姫様が母親に『愚かな……』とかなんとか口調厳しめ賢しらだった割にただの馬鹿だったことに失望が拭えない(涙) それはそうと、主人公は強強だ〜
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