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カノン伝記  作者: 真喜兎
第八章 曇天の神
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60-2.最後の戦い

 ディアンダとギネスは森の中を移動しながら戦っていた。ディアンダは無意識の内に、イースターがこの前起きた川の側に来ていた。そこでギネスは最後の攻撃を受けた。


 ギネスの体がよろめき、川の中へ倒れこむ。


「ギネース!」


 カノンの声が聞こえたのはそれとほぼ同時だった。カノンは戦いの痕跡を追って走ってきたのだ。ディアンダは思わず姿を隠そうとしたが、そんな暇はなかった。


 カノンは脇目も振らずに川に飛び込み、ギネスの顔を水の上へ上げた。ただギネスの返事はなかった。なんとか川岸に引っ張っていくが、それでもギネスの反応はない。


 カノンはディアンダに一瞥もくれなかった。ギネスをなんとか蘇生させようと体をさすったり、心臓マッサージをしたり、できうる事をやっている。


 太陽が沈み始めて、森の中が少しずつ薄暗くなっていく。長い時間、ディアンダは一歩も動けなかった。


「ギネス……死んだのか」


 カノンのそんな呟きが、ディアンダの耳に刃物のように響いた。






 ディアンダにとってその沈黙は永遠の時のように感じた。次にカノンはどんな行動を取る? いや、考えるまでもない。自分に憎悪の目を向けてくるに決まっている。ディアンダの指先は微かに震えていた。


 いっその事……そうしてくれればよかったのだ。自分を憎み、刃を向けてくれれば。


 だがカノンは動かなかった。ディアンダの存在に気づいてすらいないかのように、ただ虚ろに(くう)を見つめていた。






 喚く事も嘆く事もない。それが却って、カノンの悲しみの深さを示していた。






 こんな苦痛な時間があるか? 何を言えば、何をすれば、この時間が終わる?






 ………………






 …………






 ……






「へえー、よくやったな」


 暗闇に沈んだ森の中で、沈黙を破ったのはイースターだった。手に松明を持っている。それで手際よく乾いた焚火の痕に枯れ木を重ねて火をつけた。


「なんだ? ギネスじゃねえか。死んだのか? 殺したのか、まあいい」


 死んだという言葉にカノンの肩がびくっと動いた。僅かに振り向いてイースターの顔を確認したが、何も言葉を発しない。


 ディアンダは今まで止まっていたような心臓がどくどくと動き出してきたような気がした。ギネスに負わされた頬の傷と、肩に刺さった短剣が今さらのようにずきずきと痛む。


 それにイースターが気づいて、近寄ってくる。


「傷を負ったのか? ほら、抜いてやるぜ」


 イースターは機嫌がいいと言うほどではないが、普通に笑っていて、優しい言葉をかけてくる。


 ぶしゅっと血が吹き出すと、ディアンダは少しくらくらした。イースターは傷の手当までしてくれた。ディアンダはそれで一息つけた気がして、木を背に座り込んだ。


「親父……おれ、少し休むよ」

「ああ、そうしろ。食事は調達してきたからな。後で食べろ」


 ディアンダは目を閉じた。






 ふと目を開いた。どうやらしばらく眠っていたようだ。焚火は相変わらずパチパチと燃えている。


 親父は……? カノンは……? どうなった。


 まだ完全に開き切らない目で周りを見回す。


「ちっ、しようがねえなあ」


 背を向けて立っているイースターが見えた。何か呟いている。その前ではカノンが気を失ったように倒れていた。ディアンダはまだ覚醒しきっていない脳で疑問を浮かべる。


「何してるんだ……?」

「あ?」


 イースターが振り向く。かなり機嫌が悪そうだ。


「おれは無理矢理やるのは嫌なんだよ。だから優しくしてやろうとしたのによ」

「……?」


 ディアンダにはまだ意味がわからない。


「人前でやる趣味もないぜ。おまえ、しばらくどこかへ行っていろ」

「何をするんだ……?」


 イースターは面倒くさそうに顔をしかめた。


「決まってるだろ。この女を犯すんだよ」


 ディアンダはぼーっとしている頭の聞き違いかと思った。重たくなっている体を少しずつ動かしていく。


「それ……おれの娘だぞ……?」

「知ってるよ。だからだろ」


 ディアンダの頭は段々とクリアになっていく。それと同時に血の気が引くような思いがしてきた。


「あんたの……孫なんだぞ……!?」

「だからなんだよ」


 ディアンダはがんっと頭を殴られたような気がした。ようやく、ようやく目が見開かれる。


「ふ、ふざけるなあああ!!」


 ディアンダは自分の魔石でイースターを取り囲む。イースターは何の感情も湧かないような顔で、ディアンダに向き直った。


「何を怒ってる? てめえだってやってきた事だろ」


 ディアンダは思い出した。カミアの事、リックの事、そして最愛の妻だったシュヤの事。自分の犯してきた罪に涙が湧いてくる。


「でも……おれは人間だった……人間だった」


 愛されたかった。家族が欲しかった。ただその一念に駆られ、迷い、苦しんできた。でもイースターは違う。そんな感情などない。


「あんたは……人間じゃない!」

「クハハハハハハハ!」


 イースターはディアンダの言葉など笑い飛ばした。


「よく言うぜ、ディアンダァ! おまえが今さら人間を気取るなんざ笑わせてくれるぜ!」


 ディアンダは涙を流した。


「こんな時におれの名を呼んでくれるのか。嬉しいよ。おれはやっとあんたの目に映ったんだな。でも……」


 魔石が魔法を発動し始める。


「カノンをあんたの思い通りにはさせない!」

「ちぃぃ、厄介な!」


 さすがのイースターもディアンダの持つ魔石の力は、避けざるを得ない。ディアンダはイースターがカノンから離れた隙を突いて、カノンを抱き上げた。カノンの頬には殴られた痕がある。意識は取り戻しそうにない。


 うまく魔法を発動させながら、暗闇の森の中へ走っていった。


「ディアンダァァ! どこへ行きやがったぁ!」


 イースターの咆哮が聞こえる。だが見つかるのは時間の問題だ。


 森の外れまで来た時、見つけたのはカーリンだった。


「すごい魔力の力を感じて来たんだ」


 などと言っているが、この場合この男がここにいた理由など何でもいい。ディアンダはカノンをカーリンに預けた。


「この子を匿ってくれ。必ずあの男には見つからないように」

「……いいよ」


 カーリンは深い事情は聞かなかった。一瞬の時間でも惜しいディアンダにはそれがありがたかった。


「おれはもう戻らない」


 ディアンダは知っていた。いくら自分に魔石の力があろうと、イースターには敵わない事を。


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