表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カノン伝記  作者: 真喜兎
第七章 夕闇の神
118/141

54-2.戦うという信念

 ドーン、ドーン、ドーン


 戦いを始める合図の太鼓が鳴る。味方の軍が雄叫びを上げて突進していく。向こう側からは敵軍が走ってくる。軍がぶつかりがてら、カノンは下段から剣を振り上げた。敵は剣を弾かれ、血しぶきを飛ばす。倒れた敵を飛び越え、次の敵に剣を振り下ろす。


 その様子を戦場の端で、木の上に上っているイニャが見ていた。


「ハハハ、あいつすげー! めちゃくちゃつえーじゃん!」


 近くにいた兵士がイニャのその声に気づいたのか、きょろきょろと辺りを見回している。イニャは慌てて枝の影に隠れた。


「あぶねー、あぶねー」


 イニャはカノンのすぐ近くで長剣を振るっているギネスにも目を向ける。ギネスはカノンをさらに上回る強さだというのが、素人のイニャにだってわかった。


「かっけー。やっぱおまえらお似合いだぜ」


 イニャがにやにやしていると、下から声が響く。


「おまえ、そこで何してる!?」


 どうやらさっききょろきょろしていた兵士に見つかってしまったらしい。仕方なく木を下りる。幸い、カノン達が所属している南軍の兵のようだが、イニャには南の者だと証明する物がない。ただ相手は一人だ。言霊(ことだま)を使ってやり過ごすかと思った。


「君は民間人だな。安心しろ、ぼくが守ってやる」


 その青年はイニャの素性を確認する事なくそう言い、戦場の様子を観察するように睨んでいる。イニャは黙ってその青年を後ろから眺めていたが、剣を握っているその青年の手が震えている事に気づく。


「おれを守るなんて言っちゃってさ、実は戦うのが怖いだけだったりして」


 イニャがいつもの軽口を叩く調子で言うと、青年は険しい顔で振り返った。


「ハハハ、冗談、冗談」


 イニャは慌ててごまかしたが、青年はぐっと剣を握り直して視線を落とした。


「そうだよ、恐いんだ。悪いか」


 青年はアインだと名乗った。


「君も知っているだろうが、西エルフは同種族同士で争いを続けてる。それが当たり前なんだ。なぜ戦っているのか。その理由ももうわからないくらいに」


 イニャは「ふーん」と適当に相槌を打つ。イニャももちろんその理由など知らない。アインは血しぶき飛び散る戦場に目を向けて喋る。


「そんな戦いでケガをするなんて馬鹿馬鹿しいんだ。だからみんな戦っている振りだけで、真面目に戦う者なんて少なかったのに」


 それがここ最近変わってきたと言う。北軍が急に軍備を増強し始め、南軍もそれに応えるように徴兵を強化するようになってきた。西エルフ同士の戦は、その着地点を求め始めてきたように思えるらしかった。






――西エルフは戦の研鑽を積んできたわ――


 竜の背(山脈)の上、月国地方と西エルフ地方の境にいるのは月夜の神と、もう一人、夕闇の神だ。月夜の神は一本角の生えた月国地方の神で、夕闇の神は西エルフの地の神、黒い短髪の女性だ。キョウやイニャのように漆黒に近い肌色をしている。


――来たる乱世に備えて?――


 月夜の神の問いに、夕闇の神はふっと笑みを零す。


――わたしにそれを教えたのはあなた。あなたが自分の種族を争い合わせているのは、それが理由でしょう――


 月夜の神ははっきりと返事はせずに、軽く眉だけ動かす。


――わたしは新天の神が唯一の神にして王になろうとしているのも知っているわ。でも、ただの人間であった新天の神がこの世の王となるとはおこがましい。王にはそれに足る証がなければ――

――例えば、あなたのように言霊の力を持っているとか?――


 月夜の神の言葉に頷きながらも、夕闇の神はあだめかしく月夜の神を見つめる。


――あなたの額の角も、王たる証としてはふさわしくなくて?――


 月夜の神は笑みを浮かべてはいるが、それにも返事をしない。代わりに別の疑問を振る。


――あなたは神と呼ばれる我々が、現世に戻る方法を知っているのですか?――

――ある、とは知っていたわ。新天の神の思惑などわたしにはわかりきっているもの。方法については、あの女が教えてくれたわ――


 夕闇の神のいうあの女とは、青空を映す神の事らしかった。「いけ好かない女だと思っていたけど、生かしておいてあげてもいいわね」と言っている。月夜の神は夕闇の神との距離をついっと詰めた。


――その方法とは?――


 体温を感じられそうな程、急に近づいてきた月夜の神に、夕闇の神はどぎまぎしたように頬を赤く染める。


――ま、まだ教えてあげられないわ。でも、そうね。あなたが……――


 わたしの伴侶となってくれると約束してくれるなら、と夕闇の神は恥ずかしそうにもごもごと口の中で言った。月夜の神は聞こえなかったかのようにまた距離を取る。


――時は近づいてきているという事だね。いいよ、わたしはそれを待とう――

――ま、待って――


 夕闇の神の引き止める声が聞こえたが、月夜の神は振り返らずにその場を去った。夕闇の神がこれ以上この空域に入ってこられない事は知っている。


――空にぷかぷか浮かんでいるだけの存在などつまらぬと思っていたが、その先があるのならおもしろいなあ――


 月夜の神は、夕闇の神になどまったく興味がなかった。






 カノンは撤退の銅鑼(どら)の音を聞いた。しかしその前からカノンは剣を振る事を止めていた。ぜえ、ぜえと息をしている。剣が重い。体力が削られたのが原因ではない。何かを守るため、という大義のない戦いは、カノンの心を予想以上に疲弊させていた。


 トーランの事を思い出す。トーランは西の地までの案内がてらカノンに謝っていた。


「戦を作らないのはわたし達、政治家がやる事だった。おまえが一生懸命、戦ってきた事を否定するような発言をしてすまなかった」


 謝る事じゃない、あなたはわたしに頑張ったなと言ってくれたじゃありませんか。そう言うとトーランは微笑んでくれたが、少し首を振る。


「おまえが正しいと思う道を進め。戦いが必要だと思うなら迷わなくていい」


 トーラン自身、竜人の国で色々あって考えが変わったのだろうか。そうカノンに言っていた。だからカノンは剣を振ってみた。だが戦いの意味を考え始めたカノンに、それは苦行にも等しかった。


(トーラン、ダメだ。わたしはもう戦えない)


 吐きそうだ。


 カノンの体は小刻みに震えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ