54-1.戦うという信念
カノンはギネスが西エルフの戦に傭兵として参加すると聞いて、自分も参加しようかと考えていた。尊敬するトーランが人殺しを嫌っているのは知っている。でもカノンにはこの生き方しかわからない。その話をすると、けやきが答える。
「傭兵ってたちが悪いですよね」
けやきは以前より気が強くなったのか、あけすけに言葉を放つ。
「何の信念もなく、お金のために人を殺して笑ってられるなんて、正気の沙汰じゃない」
「けやきちゃんはきつい事言うなあ」
なぜか一緒のテーブルで朝食を取っているギネスは、「ハハハ」と笑いながら口を挟む。
「……と思ってたんですけどね。でもそうじゃないんだと思いました。傭兵一人一人にも生活があって、そのために戦っている。そんな仕事無くなればいいと思うんですけど、でも戦いそのものにもいろんな理由があってそれがある」
けやきはそう言いながらも、やはり「平和的に行ければ一番いいと思うんですけどね」と漏らす。
「戦う信念、理由か。確かにそんな大層なものおれにはないな。おれもこの生き方しかわからないだけだ。ただ……」
ギネスが言いかけた時、宿の二階から紫竹と紫野が降りてくる。二人を見るとギネスは「こっちに座って、朝飯にしよう」と誘ったのだが、テーブルが狭いせいか、二人は首を振って別のテーブルに座った。するとイニャが二人に興味を示し、二人のいるテーブルに移ってお喋りを始めた。
「ただ……なんですか?」
カノンは、続きを話すのを忘れてお茶を飲みだしたギネスに聞き返す。
「ん? ああ、おれも人殺しは好きじゃない。ただ戦いたいとは思うんだ。戦った後にはちゃんと仕事をやり終えたな、って気分になれるからな」
「そうですか……」
カノンは少し考える。確かに護衛の仕事などをこなした後は、やり終えたという充足感があった。また次の仕事をこなそうという自信と力が湧いてくる。
「それよりカノンもけやきちゃんもおれに気を使った喋り方なんかしなくていいぞ。堅苦しいのは苦手だ」
「ぼくはこれが普通なので」
「ハハ、そうか」
カノンは少し戸惑ったが、思い切って口を開いた。
「なら、ギネスって呼んでもいい? キルサノフさんじゃなく」
「もちろんだ。むしろそっちで呼んでくれ」
ギネスはにっこりと笑った。
ギネスとカノンは二人で傭兵を募集している場所まで行く事にした。それをけやきとイニャは見送る。イニャは二人の後姿を見て、にやにやしながらけやきに話しかける。
「あの二人、お似合いだと思わねー?」
「はい? なんの話ですか?」
「わっかんねーかなあ? あいつ絶対ギネスの兄ちゃんにほの字だぜ」
「どこからそんな言葉覚えてくるんですか。だいたいギネスさん、カノン様よりだいぶ年上じゃないですか?」
「歳なんかかんけーねーって。紫竹と紫野に聞いてみたら、恋人はいねーってよ」
「さっき、わざわざそれを聞いてたんですか」
「そうそう」
イニャは楽しそうに笑っている。今までずっと一人でいたという割には、人の事に首を突っ込むのは好きなようだ。けやきがちょっと呆れていると、後ろから朝食の終わった紫竹と紫野が出てきた。
「そういや、おまえらは行かねーの?」
イニャが二人に声をかけると、二人は首を振る。
「わたし達は、情報収集」
妹の紫野がぽつぽつと答える。紫野よりさらに口の重い兄の紫竹は、何かを喋ってもほとんど聞こえないので紫野が通訳する事が多い。
「行くぞ」
たぶん紫竹がそう言ったので、紫野はちっちゃく手を振って背中を向けた。
「おれ達はどうするー?」
頭の後ろに手をやりながら、イニャはけやきに尋ねる。
「ぼくは荷物運びの仕事でも探しますよ。さっき宿の人に聞いたら、そんな仕事だったらたくさんあるって言っていましたから」
「そっか。おれは……いつも通りか」
「いつも通りってなんですか」
けやきが何かを察したのか非難がましい目を向けるので、イニャは笑ってごまかした。
ディアンダは西エルフの北の軍勢の地に来ていた。組織としての仕事などする気はなかったのに、長年染みついた仕事癖が出て、北の軍勢に取引を持ち掛けていた。
ラガーナは南の軍勢の情報も得るためにそちらにも人を派遣したようだが、ディアンダにとってはどちらが勝利しようと大した興味はない。ただ西に来ているはずのカノンの情報を得るために、手を広げておきたかった。
東の地と山脈で隔たれている西の地に来るには、普通はカラオ国から船で森人の国に入るか、弦の国が近い北側にある、山脈の隙間と言われる深い谷間から西エルフの国に入るかの二通りだ。カノンが船に乗ったという情報は得られなかったので、カノンは北の陸路を選んだのかと思い、ディアンダも北から入った。
実際はカノンは山脈の中ほどにある竜人の国から西に入ったので、ディアンダはカノンの行方を追う事ができなくなっていたのだ。
ディアンダは北の軍勢の幹部と話しながら、妙な違和感を覚えていた。どうにも彼らの返事が鈍い。よそ者が入る事に抵抗があるのかとも思ったがどうも違うように感じる。しかしその内気づいた。彼らは戦争を終わらせたくないのだ。西エルフの国、いや、正確には国々は戦争ビジネスによって成り立っているのだ。
それに気づいたディアンダは攻め手を変えた。軍需産業を東に輸出するように仕向ける事にした。すると彼らはディアンダの組織と手を組む事を了承した。
イースターも北の陸路から西の地に入ろうとしていた。その途中で貴族の野外パーティを見つけ、気まぐれに紛れ込む事にした。比較的体格が似ている男を陰に引きずり込んで、そのスーツを奪う。
「これでもちょっと小さいな」
筋肉が膨らんでいるイースターには、細っこい貴族のスーツはきつく感じる。それでも怪しまれずにパーティに紛れ込めた。
楽団からヴァイオリンを借りると、曲を披露して見せた。そのイースターを頬を染めて見つめていた貴族の娘を、言葉巧みに人目のないところに誘いだす。
「なぜだ……何も感じねえ……」
いくら娘とまぐわってみても、イースターはほとんど感じる事ができず、達するのに時間を要した。イースターは確実に自分の体の異変を感じていた。




