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カノン伝記  作者: 真喜兎
第六章 新天の神
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52-1.すべてを捨てて

 カノンの心は一番弱いところまで堕ちていた。ハマとの関係が続く一方で、スラトのキスが拒めない。むしろ自分から求めてさえあった。


 訓練場で最後まで残って、誰もいなくなるとキスを交わす。最初は触れるだけだったキスが、段々と熱を増して求めあっていく。スラトはとうとうカノンの胸に手を置いた。


「だ、ダメか? おれもう限界なんだけど」


 カノンは迷ったけれど、こんな日がいつか来るんじゃないかって事はわかっていた。スラトは兵舎に住んでいるので、とてもそこには行けない。


「家……来る?」


 スラトが怖気づいて引いてくれれば、こんな関係終わりにできるのに、と卑怯な考えが頭に浮かぶ。スラトはそんな考えを吹き飛ばした。いつものように頬を紅潮させて言った。


「おれに抱かれるからには覚悟しろよ」






 レイアはスラトの突然の訪問に驚きもせず出迎えた。たまにマクが来る事があるので、いつもレイアは食事を多めに作っている。それでもちょっと物足りなそうなスラトに、カノンは自分の食事を分けた。


「ハハ、スラトの食べっぷりを見てるだけでお腹いっぱいだよ」


 実際のところ、今緊張が強いのはカノンの方だった。食事もあまり喉を通らない。スラトはとっくに覚悟を決めたのか、それとも緊張している素振りを見せる気がないのか、レイアと普通に話している。


「黒エルフか。西にいた頃、聞いた事がある。黒エルフは人を操る力があるから、決して近づくなって」


 スラトがそう言っているのを聞いていても、キョウは淡々と食事を続けている。


「操る? どうやって?」

「それはわかんねえけど」


 キョウに注目すると、キョウはぽつぽつと喋った。


「言葉……に魔力がある」

「言葉? だからあなた喋らないの?」


 レイアの質問にキョウは頷いた。


「力が、強い子供は、閉じ込められる。死ぬまで。おれは、ミズネに助けられた」


 ミズネはキョウを連れていた西エルフだ。ミズネはキョウにほとんど虐待と言える事をしていたが、それでもキョウはミズネを恨む気にはなれないと言った。


 キョウは少しだけカノンに視線を向ける。


「あなたは……強い魔力の匂いがする。だから、おれの言葉、平気、かも」


 カノンはギクッとした。魔力の匂い。それに惑わされる者がいる。それを思い出すとまた不安になった。






 スラトと共に部屋に入ったカノンは、スラトに尋ねてみる。


「わたし、匂いするか? 魔力の匂い」

「魔力の匂いなんて、わからねえよ。でも匂いはするよ。ちょっと汗臭い匂い」

「汗臭いって失礼だな。ちゃんと風呂は入ったよ」


 鷹常にも似たような事を言われた事があるなと思い出して、カノンは少し笑った。


 カノンの緊張が少し解れた事がわかったのか、スラトはカノンにキスをする。カノンもそれに応じる。スラトはぎこちない手つきで、カノンの感触を確かめ始める。


 スラトの行為は荒々しかった。カノンを乱暴に扱っているわけではない。ただ不慣れな事に必死になりすぎているんだという事がわかる。カノンは痛くてもできるだけそれを口に出さないようにした。必死なスラトに、カノンも必死で応えていた。


 長い時間体を重ねあった。終わった後は罪悪感に浸る間もなく、すぐに意識が眠りに落ちた。






「で? どうするの?」


 レイアはおはようを言った後、真っ先にそう聞いてきた。カノンは「あたた、腰が痛い」と腰をさすりながら、ダイニングテーブルに座る。スラトはまだ部屋で眠っている。


「激しかったわね」

「聞いてたのか?」

「他の部屋にいてもわかるくらいだったって事よ。キョウの教育に悪いわー」

「おれの事は、気にしなくて、いい」


 キョウはぼそぼそと喋る。最近話す事が多くなってきた。カノンは気まずくなって「ごめん」と謝る。


「で? どうするの?」


 レイアはまた同じ質問をする。カノンは「ん」と少し唇を引き結んだ。


「ちゃんと、別れるよ」

「どっちと?」

「意地悪な質問だな」


 正直に言えば、カノンはまだどっちなんて決められていなかった。それをすぐに見抜かれて思わず膨れてしまう。レイアはにまっといたずらっぽく笑った。


「あなたが悩んでいるのって、なんか楽しいのよね」

「そんな事言わないで、何かアドバイスしてよ」

「残念。そんなものないわよ」


 レイアは手際よく朝食の準備をしていく。カノンも腰が痛いのを我慢して手伝い始めた。


「レイアは恋人いないのか?」

「いるわよー? まだ三カ月、手しか繋いでないけど」

「なんだよそれ。どうやったらそんなにゆっくり付き合えるんだよ」


 レイアは「あはは」と笑う。


「お互い仕事が忙しいのよ。それにわたし、初めてじゃない? だから臆病になっちゃってるのよね」


 レイアはキョウに向かって「しー」と人差し指を立てる。


「聞かないふりしといてね」


 キョウは素直に頷く。そしてからレイアはまた喋りだした。


「羨ましいとは思わない。でもあなたの恋愛にどうこう言えるほど、わたしも大人じゃないのよ。だからもがいてみてよ。どうにもうまくいかなかったら、せめて慰めてあげるわ」






 朝食の準備が整い始めた頃、スラトは大きなあくびをしながら起きてきた。まだ少し眠そうな顔をしながら朝食を平らげる。


「遠慮がないのはいい事よ」


 おかわりをするスラトに、レイアはちょっとだけ皮肉を交えた顔で言う。スラトは構わず食べ続けながら、カノンに聞いた。


「今日、あんたの恋人来る?」


 今日は週末だ。カノンは気まずそうに「うん」と答える。


「ならおれが話つける」

「え? いやいやいや」


 カノンは手を振った。どう考えても血を見る結果になるようにしか思えない。


「わたしがちゃんと言う。話しときたい事もあるし……」

「わかった。でもおれもいる。切れてあんたに何かしたら困るだろ」

「い、いや、ハマはひどい事したりはしないと思うんだけど……」


 カノンはもごもご言いながらスラトを止めようとするが、スラトの意思は変わらない。レイアはにこにこしながらキョウの頭を撫ぜた。


「修羅場になるわねー。キョウ、あなたはマク様のところに行っときなさいね」

「レイアはどうするんだ?」

「わたしはいるわよ。万が一、刃傷沙汰にでもなったら大変だもの」

「冗談でもきついよ」


 カノンは脱力して肩を落とした。


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― 新着の感想 ―
その冗談にならない事をしている自覚がないから笑えないんだよねー。
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